第26話弓道部居座り事変

そして放課後、授業を終えた俺はまっすぐ弓道部へと向かう。

皆にカラオケに誘われたが断った。

詩川さんがすごく残念そうにしていたが、こればっかりは仕方ない。……あとで埋め合わせをしないとな。


部室に辿り着くと男子更衣室の扉が僅かに開いている。

カギまで持っているのとは、やりたい放題だな。

離れているのにここまで臭ってくるタバコの匂いに俺は顔を顰めた。

今の時間、小鳥遊先輩は生徒会のはず。出来れば来る前になんとかしたいところだな。

扉に手を掛けると、下品な笑い声が聞こえてくる。


「それロン! また俺の勝ちだな!」

「クソォ……ほらよ千円」

「毎度。しっかしいい部屋が手に入ったよなぁ。校舎から離れた場所にあるから先公も来ねーし、やりたい放題だぜ!」

「しかもここだと小鳥遊パイセンの胸も見放題だよなぁ。あの暴力みてぇなのが間近で拝めるなんて、サイコーだぜ」

「ちょっと怒りっぽいのが玉に瑕だけどな。あー、いつか隙を見てヤリてー!」

「あ、ビール切れちまったわ。ビリの奴、買ってきてー」

「チッ、しゃあねえな……ッ!?」


扉が開く。出てきた男と目が合った。


「て、テメェは神谷! な、何しにきやがった!?」

「俺もここで世話になっているからね。君たちが占拠して皆が困っているという話を聞いたんだが、予想より酷いみたいだな」


朝に見た時にはなかった麻雀牌やら飲み物の瓶やら漫画雑誌やらが散乱している。

彼らが片付けて帰っているとは思えないし、小鳥遊先輩が毎朝片付けているのだろう。

その惨状に俺はただただ呆れるしかない。


「出来れば喧嘩はしたくない。大人しく鍵を返して、出ていってくれると有り難いんだけどな」


じっと睨みつけると、彼らは一瞬たじろいだ。

だがすぐに不敵な笑みを浮かべる。


「……おいおい、ここは俺らの部室だぜ? テメェにどうこう言われる筋合いはねぇなぁ」

「そうだぜ神谷! お前が調子こいたせいで俺らは学校での立場をなくしちまった。海堂クンも捕まっちまったしよぉ」

「言っとくが俺らは海堂クンみてぇに甘くはねぇぜ。一対一の喧嘩なんて望めると思うなよ……!」


じり、と俺との距離を詰めてくる。しかも手には竹箒に椅子、空き瓶を持っている。

完全にやる気だ。……ま、最初から話し合いで済むとは思ってなかったけどな。

俺はむしろ部室の中に乗り込むと、入り口の横にあった弓受けから弓と矢を取り出した。


「はっ! まさかここで弓を射るつもりかお前!?」

「んなもん撃たせるわけがねぇだろ! バァカ!」

「撃てるもんなら撃ってみろや! その前にボコってやっからよぉ!」


そう言って笑いながら俺に向かって走り出す。

言うまでもなく弓矢は人に向けて撃つものではないが、相手が武器を持っている以上、容赦するつもりはない

手にしていた三本の矢を、まとめて弓に番える。


「何ィ!?」


弓道としては当然外道の技だが、オルオンではこれもまた一つのスキルである。

『連撃矢・参』。ただ三本の矢を番えて放つだけだが、その攻撃倍率はなんと600%。

矢を増やすごとに200%上昇し、最大1000%という弓手最強の攻撃スキルである。

……いや、もちろん現実ではそんな効果はないけどね?

とはいえ先日何十回も使ったスキルだ。意外と身体が覚えているものだ。無茶なやり方にも関わらず、身体は素直に動いて矢を放った。


「んな……!? 速っ!?」


言いかけた男が手にしていた空き瓶を、矢が穿つ。

同時に椅子と竹箒にも命中。更に弾かれた矢は高速回転し、連中の顔面を強かに打った。


「ぐげぇっ!?」


カエルが潰されるような声をあげて、三人は倒れる。

先日オルオンでサボテン相手に逃げ撃ちをしていたこと俺の速度は、通常の弓道とは比べ物にならない。

しかもあの時は矢を撃つだけでなく、武器の持ち替えやら周囲に気を配ったりやらで忙しかったからな。

それに比べれば三人同時に相手にするなんて、大したことではないのだ。

加えて言えば弓道部の部室は意外と広く、連中も足の踏ん張りが効かず思った速度では走れなかったのだろう。

……ま、弾かれた矢が三人にそれぞれ当たったのは流石に上手くいきすぎだったけどな。


「鍵は返して貰うよ」


男たちの服を探し、部室の鍵を手に入れる。


「お、俺たちをどうするつもりだ……?」

「さて、どうしようかな」


俺が考え込む様子が余程恐ろしかったのか、さっきまでの勢いはどこへやら。

彼らは急に怯えだす。


「ヒィッ! か、勘弁してくれよ神谷クン! 俺たちの仲じゃねぇか」

「そうそう、俺たちもやりたくてやったわけじゃないんだって!」

「許してくれよ! なっ!?」


ペコペコと頭を下げる彼らに俺は少し意地悪をするように、言う。


「どんなに謝ってもダメだ。君たちには報いを受けて貰う。今までの行いに相応しい報いをね……!」

「ヒャアアアアアアア!」


恐怖に震えながら、彼らは悲鳴を上げるのだった。



「これは一体……どういうことだ……?」


午後六時、生徒会が終わって帰ってきた小鳥遊先輩が俺たちを見て目を丸くする。


「お疲れ様です。小鳥遊先輩」


俺の挨拶に続いて、


「ちぃっす!」

「しゃあっす!」

「お疲れ様っす!」


彼らは元気よく挨拶をする。

その様子を見て小鳥遊先輩はキョトンとした顔をしていた。


「彼らは心を入れ替えたみたいですのでご安心を……な?」

「はいっ!」

「今までのお詫びとして、弓道場はピッカピカにさせていただきますんで! 押忍っ!」


先刻までのダラけた態度はどこへやら。

応援団と見間違う程に声を張っている。

それにしてもでかい声だな。喉が枯れないのだろうか。


「で、弓道は続けるつもりか?」

「「「すんませんっす! 勘弁してください!」」」


全員の声が綺麗にハモる。

折角後輩ができると思ったのになぁ。残念である。

そんなことを考えていると小鳥遊先輩が俺の耳元で囁いてくる。


「……一体彼らに何をしたんだ? 神谷くん」

「それはその……秘密ということで」


どんな理由があろうと部室の弓矢を人に向けたなんて弓道を愛する小鳥遊先輩にはとても言えない。

ともあれ、彼らも反省したようだ。弓道部に平穏が訪れた……と言っていいだろうな。

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