第17話スカウトが来ていた

「行ってきまーす」


無人のプレハブ小屋にそう言って、俺は学校へと向かう。

先日の登校と違って今日の気分は晴れやかだ。

最後は多少アヤがついたものの基本的には上手くいきすぎなくらいだったしな。

ついでに言えば俺を虐めてた海堂ともしばらく会わずに済むし、沢山の友達ができたのだ。

それに詩川さんとも仲良くなれた……ような気がする。

学校へ行くのが楽しみだなんて、一体いつぶりか分からない。


「〜♪」


鼻歌を歌いながら門を潜ろうとした、その時である。


「む、君はここの家の子かね?」


黒服のグラサン男が声をかけてきた。

よく見れば家の前にはベンツが止まっている。……なんだろ、ちょっと怖いな。

とはいえ無視というわけにもいかない。警戒しながら彼に尋ねる。


「えぇっと……どちら様でしょう?」

「はっはっは、警戒しなくていいよ。そうかそうか。お母さんは君には知らせてなかったわけだ。失礼、自己紹介を忘れていた。私はこういうものです」


強面の外見とは裏腹の丁寧なお辞儀と共に男は名刺を手渡してくる。

渡された名刺に視線を落とすと、タチバナ芸能プロダクション、スターチャイルド採用担当。竜崎太一郎と書かれていた。


「! スターチャイルドってあのアイドルの!?」

「あぁ」


スターチャイルドっていうとオタクの俺でも知ってるような国民的アイドルグループである。

そんなグループの採用担当が、なんで俺の家なんかに?

頭にハテナ符号を浮かべていると、竜崎さんは俺に語り始める。


「実は君のお母さんは毎月のようにスターチャイルドの新人応募してくれていてね。本当にしつこ……じゃなくて熱心にお願いしてくるのでウチもついに根負けして、バックダンサーなら可能性はあるかも、と答えたわけだ」

「な、なるほど……ご迷惑をおかけしたみたいで……」


母は昔からアイドルが好きで、よく俺と父を置いてライブやら何やらに出て行っていた。

当然その間は家の世話はなし。俺と父で料理を作ったり掃除をしたりしたものである。

……まぁ母は普段からそこまで家のことはしないので、大して変わらなかったものだが。

それにしても俺が家から追い出される前に弟を芸能界に入れるとかどうとか言ってたけど、そこまで本気だったんだなぁ。

呆れていると、竜崎さんは俺の肩をガッと掴む。


「迷惑なもんか! いや、君のお母さんの見る目は間違っていなかった。確かにこれだけの逸材なら一度は見なければ損だとまで言うのも頷ける。……うむ、しかし写真とは本当に別人のようだ。君ならバックダンサーどころか新グループを立ち上げてメインを張ることも出来るだろう! 顔もいいし、その見事に搾り抜かれた肉体美はダビデ像をも彷彿とさせる。……君こそ百年に一度の逸材だ!」

「えええええええっ!?」


一体何を言い出すのだこの人は。

そもそも母が送った写真は俺でなく弟だろう。

俺と弟はあまり顔も似てないし、どこからどう見ても別人だと思うのだが。


「……コホン、すまない興奮してしまったようだ。どうだろう? これからお母さんを交えてお話といかないか?」

「い、いやー俺はこれから学校が……」


竜崎さんに詰め寄られ困惑していると、突如母屋の扉が開いた。

出てきたのは母と弟の正明だ。

母は俺を突き飛ばして竜崎さんの手を握る。

久しぶりに見る母は大分おばさんになっており、腹は出ていて香水の匂いは前よりもキツくなっていた。


「あら! あらあらあらあら! もしかしてスターチャイルドのスカウトさんでいらっしゃいますか!? やぁぁーっと来て下さったのね! 何度お願いしても梨の礫だからもうダメかと思ったわホント」

「いやいや、こちらこそすみません。彼のような才能が眠っていたとは到底思えなかったもので……しかし、お母さんの目は確かでした。お詫びさせて下さい」

「あらやだ。いえいえ、いいんですよぉわかって下されば。さ、挨拶なさい正明」

「……ど、どうも……」


おずおずと頭を下げる正明を前に、竜崎さんは顔を顰める。


「……え? そっちの子ですか……? 私はてっきり彼のことかと思っていたのですが……」

「やだもう、何言ってるんですか。ちゃんと写真は送っていたでしょう?」

「確かに……写真写りがものすごく悪いのかと思ったけれど、実物を見ればまぁこんなもんでしょうか。とても中庸というか凡庸というか……バックダンサーでもきついかも……というか全然鍛えてなさそうだし踊れるとも思えないな……芸能界に夢見るお年頃かもしれんが、この子には無理だ。悪いがこの話は無かったことにした方が良さそうだ」

「どうしたんですかぁブツブツ独り言なんか言って……ん? アンタだれよ」


不意に、母が俺をじっと見つめてくる。

誰って……分からないのだろうか。一応答える。


「優斗、だけど……」

「はあああああああああっ!? あ、あんたがあのデブで醜い優斗なわけないでしょ! いい加減なことを言ったらはっ倒すからね! 誰だか知らないけど正明の邪魔はしないでちょうだい! ほら、あっちいけ! しっしっ!」


突如、母は激昂し俺を敷地から追い出そうとする。

……ま、しばらく会ってないから仕方ないか。学校の皆も最初は分からなかったくらいだしなぁ。

それでも実の息子を見間違って欲しくはなかった、かな。

ともあれ俺としてはここから離れるいい機会だ。

これ幸いとばかりに門から逃げ出す。


「あ! ちょっと待ってくれ! 私は君と話がしたいんだよ!」

「お待ちになってくださいなスカウトさん! すぐにお茶とお菓子を用意しますから。おほほ」


チラッと後ろを振り返ると、俺を追おうとする竜崎さんの襟首を掴んで家に引き摺り込もうとしている母が見えた。

相変わらず強引だなぁ。

怖い怖いとぼやきながら、俺は学校へ向かうのだった。

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