第18話カラオケいこ!

あっという間に一日が過ぎる。

学校での一日は今までになかったような安心感溢れるもので、殴られることも金を取られることもない一日はかつてないものだった。

以前は休み時間が来るたびにビクビクしたものだが、海堂のいなくなった学園生活はまさに平和そのもの。

これが学校が楽しい、という感情か。今俺は初めて、そういう気持ちになっている。

まぁ山田先生が俺を陸上部に入れようとしてきたのはちょっとアレだったけれども。


「よー神谷。一緒に帰ろうぜー!」

「帰りにカラオケ行かねー?」


帰り支度をしていると浩太と慎也が声をかけてくる。

おお、友達が一緒に帰ろうと誘ってくれるなんて、今までなかったなぁ。感動である。


「もちろん!」


海堂の取り巻きたちが返してくれた金があるので、今の俺は結構リッチだ。

カラオケくらい余裕で付き合うとも。


「ねーねー、それってさ。私たちも行ってもいーい?」


声をかけてきたのは日向さんと数人の女子たちだ。

日向さんはノリが良く明るい人で、クラスでも女子のまとめ役をしている。

ちょっと見た目ギャルっぽいが飾らない性格から男子の人気も非常に高い人物で、詩川さんとは性格が正反対だが馬が合うのかよく一緒にいる。


「ねー志保も行きたいよねーぇ?」


横にいた詩川さんの肩を抱きながら問うと、


「……はい。神谷くんの歌声聞きたいです」


少しはにかみながら答える。

その様子に周りの女子たちが沸いた。


「きゃー! 神谷くんの声が聞きたいだってー!」

「志保ったら大胆ー!」


キャーキャーと盛り上がる女子たち。

危うくドギマギしかけるが、いやいや詩川さんも変な意味で言ったわけではないだろう。

非モテなんだから変な勘違いしないようにしないとな。


「あっはっは! そーね。私も神谷くんの声聞きたいわ。どんなの歌うの?」

「いやぁ……それは行ってからのお楽しみ、的な?」


そう言われても部屋にTVなんかないから、最近の歌なんて全然知らないんだよなぁ。

……子供の頃に歌ってたような古いアニソンくらいならまぁ歌えるけど、それは流石に言えないな。

そもそもカラオケ自体初めて行くくらいだし、どう答えていいか分からなかったのである。


「えぇー? 気になるなぁー教えてよ。ねっ?」


クリっとした大きな目を向け、可愛らしくウインクをする日向さん。

あざとい仕草だ。男子に人気があるのも頷ける。

だが非モテの俺はそんなのにはドギマギしないのだ。オタクに優しいギャルなんて幻想だからだ。


「……秘密だってば」

「むぅ……ま、いっか。それじゃあ、楽しみにさせて貰うとしますか」

「お、お手柔らかに」


なんか期待度を上げただけだった気もする。

返答ミスったかなぁ……ま、いいか。


「うおおおお……ありがとな神谷ぁ……女子とカラオケに行けるなんて、俺はもう死んでもいいッ!」

「しかも美少女揃いの日向さんグループとか。お前と友達になって本当に良かったよ……」

「ちょ、浩太も慎也も大袈裟すぎだって。ていうか二人が誘ってくれたおかげでしょ?」

「いーや、お前が来なけりゃ彼女たちは声すらかけてこなかっただろうぜ」

「特に詩川さんはな。うんうん、持つべきものは顔のいい友達だよ!」

「あ、ははは……」


力説する二人に俺は乾いた笑みを返すしかない。

ともあれ、俺たちは談笑しながら下駄箱へと向かう。と――


「げっ……竜崎さん……」


帰ろうとすると竜崎さんが校門の前で待っているのが見える。

恐らく着ていた制服からバレたのだろう。あの人、本気で俺をスカウトするつもりなのだろうか。

悪いがその気はない。アイドルになんてなったらこんな楽しい学校生活も送れないだろうし、何より帰ってゲームができないもんな。

ていうか幾ら何でもあの人の勘違いだろう。俺がアイドルなんてできるわけない。

とりあえずここで捕まると面倒なことになることだけは確かだ。


「み、皆。よかったら裏門から帰らない?」

「なんでだ? 繁華街とは反対側だろ」

「神谷が言うなら別にいいけどよ。なんか理由あるのか?」


皆、俺の言葉を訝しんでいるようだ。

そりゃそうだよなぁ。どう考えても遠回りだし。どう説得したものか考えていると、日向さんが口を挟む。


「あら、知らないの? 裏門から少し行ったところに寂れたカラオケボックスがあるのよ。意外と新しい機種入れてるし、何よりすっごく安いのよ!」

「へぇー、知らなかったぜ」

「そんなの知ってるなんて流石神谷くん」


……全然知らなかったけど、偶然上手く行ったようである。



日向さんの言った通り、5分程歩いた所にボロ看板を掲げたカラオケボックスを見つける。

少しだけ待って中に案内された俺たちは手短に注文を済ませた。


「さぁーて、じゃあまずは俺が歌うぜぇ!」


トップバッターは浩太だ。流行りっぽい歌を見事に歌い上げ、皆から拍手で称えられる。


「上手いな浩太」

「ありがとな優斗。実はこんなこともあろうかと思って、日々練習してんのよ」


内緒だぜ? とばかりに悪戯っぽく唇に指を当てる。

うーむ、並々ならぬ情熱である。俺も歌くらい練習した方がいいかもな。


「じゃあ次は私が歌うよー!」


浩太からマイクを受け取り、今度は日向さんが歌い始める。

おお、バラードってやつかな。洋楽でなんとも大人っぽい歌だ。しかもなんとなく歌ってないのがよくわかる。

日向さんの歌には浩太の倍以上の喝采が飛んだ。


「すごいよ日向さん。英語完璧じゃん」

「ありがと! 実は私、帰国子女ってやつだからね。小学生までだけどアメリカにいたんだ」


そうだったのか。知らなかった。道理で英語ペラペラなわけである。


「じゃ、今度は神谷くんだよねー?」

「……うっ、そうだね……」


これだけハードルが上がった中で歌うのかぁ。とんでもないプレッシャーである。

慎也が南無阿弥陀仏と言わんばかりに手を合わせている。

どうしたものかと考えていると、国民的アニメのOP曲のイントロが流れ始める。


「ごめんなさい。私が入れちゃいました」


おずおずと手を挙げたのは詩川さんだ。

もしかして俺に助け舟を出してくれたのだろうか。

すごくありがたい。日向さんはちょっと残念そうな顔をしているけれども。


「私あまり歌を知らなくて、これくらいしか歌えないけど……よかったら神谷くん、一緒に歌いましょう?」

「……是非とも!」


俺は詩川さんと一緒に歌う。

詩川さんの声はどこか上品で、安らぎを与えるような綺麗な声だった。俺はそれを邪魔しない程度に声を乗せる。


「んだよー見せつけやがって」

「なんかでも、いい感じねぇ。二人とも自然体なのにすごく上手くって、本当にプロみたい」

「うんうん、なんつーか、才能の差を感じるわぁ」


確かに詩川さんの声はプロ並みだ。

そんな人の隣で歌えるなんて、光栄である。

カラオケか。初めてきたけどなんて楽しい場所だろうか。

歌を終えると、全員が俺たち……というか詩川さんに拍手喝采を送る。当然俺も。

詩川さんは恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。


「チィーッス。お邪魔するぜー!」


そんな中、突如部屋の扉が開けられる。

入ってきたのは金髪のいかにもヤンキーと言った風の男たちだった。

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