第10話決闘

――そして放課後、呼び出された旧校舎裏の広場へと俺は向かう。

普段は人が全く近寄らない寂れた場所だが、なぜか今は近づくにつれて人が増えている。

気のせいどころか、決闘場所に近づく頃には人だかりすらできていた。


「よぉ、逃げずに来たのは褒めてやるぜ」


その中心、海堂が俺を見てニヤリと笑う。


「あまりに人がいて驚いたかぁ? 安心しな、この人数でボコろうってんじゃねぇ。こいつらはただの観客よ」

「観客……?」


辺りを見渡すと、確かに生徒たちは海堂の取り巻きではないようだ。

他のクラスや学年の生徒もかなりおり、その顔も困惑と好奇が入り混じったような感じは確かに観客のようである。


「なぁ、あれが海堂クンが言ってた神谷くん?」

「一度見たことあるけどすげー太ってたよ。でも今はすごいイケてるね」

「つか腕とか血管浮き出てるよ。鍛えてるなー」


全員の俺へと視線が注がれているのがわかる。


「絶対負けるなよ! お前なら勝てる!」

「俺たち応援してるからな! 海堂がルールを破ったら俺らも加勢するぜ!」

「神谷くん……頑張って!」


浩太たち、クラスメイトもいる。もちろん詩川さんも。

どうやら俺を応援してくれるようだ。……ありがたい。


「でも何故、こんなことを……?」

「テメェにはとんでもねぇ目に遭わされたからなぁ。その報復の為に集めたのさ」


いや、酷い目に遭わされたのはどう考えても俺の方だと思うんだが。

大体さっきだって掠っただけの手応えしかなかったし、痛みなんかほぼなかったはずだ。


「こいつは俺の名誉を返上する為の戦いよ。これだけの人数の前でお前をボコせば、テメェにまぐれ負けしたのも帳消しになるってもんだ。その為に全校生徒に来なきゃ殺すと脅して呼び出したのさ。ちなみに来なかった奴らは後で見せしめだ。へへへ」


不良というのは舐められたら終わり、という野生同然な独特の世界で生きていると聞いたことがある。

いじめられっ子だった俺に衆目の面前で負けたというのが余程腹に据えかねたのだろうか。

だからと言って全校生徒に声かけて回るかなぁ普通……とんでもない執念である。


「どうでもいいけど返上するのは汚名で、名誉は回復するものだと思うけど……」

「黙れ! とにかく俺はテメェをブッ殺すだけだ!」


言うが早いか海堂は俺目掛けて突っ込んできた。

とはいえさっきと同じ、拳を振り回すだけの単純な攻撃。

一方昼食を食べて元気いっぱいになっていた俺は軽々とそれを避ける。


「おいおい、軽々避けられてるよ。海堂クンてボクシング習ってたことあるんだろ?」

「あの神谷って奴、一体何者だ?」

「俺一度見たことあるわ。すげーデブで海堂クンに虐められてたもん。ちょっと面影あるし」

「でも……ププッ、海堂クン全然当てられてないじゃん。なんか色々言ってたけど結局実力なんじゃね?」

「あれだけデカい態度とってコレかぁ。やっぱヤンキーって結局鍛えている奴には勝てないんだよな。弱いものイジメしかできないとか、恥ずかしいよね」


周りの生徒たちが何やらヒソヒソ話しているが、流石に耳を傾けている余裕はない。

攻撃自体は確かに単調。だが何か、鬼気迫るような迫力がある。


「へへ……やるじゃねぇかよ。さっきのはマグレじゃなかったわけか。だがなぁ!」

「ッ!?」


頬に熱い痛みが走る。

銀色の輝きが海堂の手に握られていた。――ナイフだ。


「お、おい! いくらなんでもやりすぎだって海堂クン!」

「そうだよ! やめろって! 殺す気かよ!?」

「ウルセェ!」


恫喝一声、取り巻きたちはその迫力に口を噤む。


「大したもんだよ神谷。どんな努力をしたのかは知らんが、普通にやったんじゃ勝てそうにねぇ。だがなぁ、喧嘩ってのは腕じゃねぇ。度胸でするもんだ。こいつを見てビビっちまっただろ? 縮こまっちまっただろ? おかげで鈍いぜ手玉だぜ!」


振り翳されるナイフが俺の皮膚を浅く裂き、その度に鮮血が舞う。

見える。見えるけど……避け損なったら大怪我をする。そんな気持ちが俺の足を鈍らせていた。

これが生の恐怖。足が竦む、身体が震える。

結果、どうしても攻撃を避けきれず喰らってしまう。


「きゃああああ! ナイフを持ってるわよ!」

「離れろ離れろ!」


周りの生徒たちも慌てて逃げ出す。


「汚ぇーぞ海堂! 正々堂々の決闘じゃなかったのかよ!」

「卑怯者! そんなにまでして勝ちたいか!」

「外野は黙ってろボケがぁ!」


浩太たちが近づこうとするのを一喝、皆はそれ以上動けなくなる。

こんな危ない状況に近づくのは普通無理だ。

逃げ回るうちに、気づけば俺は壁際に追い詰められていた。


「へへ、袋の鼠って奴だな。俺の目的はお前を殺すことじゃねぇ。お前に負けを認めさせることだ。粗方逃げちまったが、幸いまだ少しは観客がいる。今すぐ跪いて俺の靴を舐めるなら、許してやってもいいぜ?」


ナイフを手に、下卑た笑みを浮かべる海堂。

謝れば許してくれる。これ以上危険な目に遭わずに済む……その甘い誘惑に俺は思わず膝を突きそうになる――が。


「……断る」


そう言って首を横に振る。


「そもそも君が約束を守ったことなんてないだろ。俺が貸した金、もう十万超えてると思うけどいつもなんだかんだ言って返してくれないじゃないか」

「くだらねぇことはよく覚えてるみてぇだな……!」


ギリ、と歯噛みをしてナイフを構える海堂。

やっぱり許すつもりなんかなかったんだな。

それに仮にそうしていたら、俺は二度と立ち上がれないように徹底的にボコられていただろう。

逃げてもいい。引きこもってもいい。でも人間、いつかどこかで勇気を振り絞って戦わなければならない時がある。父さんの残してくれた言葉だ。

そして今日がその時なのだ。


「じゃあもうしょうがねぇよな。俺は譲歩したんだが、それでも言うことを聞かないなら殺されたいなら仕方ねぇよなぁ……だったら、くたばりやがれやァァァァァァッ!」


振り下ろされる銀色の閃きを、俺はしゃがみ込むように避ける。


「ハッ、どこに逃げてやがる!」

「危ない! 神谷くん!」


詩川さんの悲痛な声が耳に届く。

ナイフは俺の背中にまっすぐ振り下ろされているが、これでいい。

きぃん! と弾かれたような音がする。

見上げると信じられないと言った顔で目を丸くする海堂。その手にナイフは既にない。

壁に弾かれて地面に落ちていた。


――そう、壁を背負っていたのは俺の計算だったのだ。

わざと壁に追い詰められた上で攻撃を躱せば武器が壁に当たって弾かれる。

敢えて狭い場所で戦うことで障害物を使って敵が持つ武器を弾く――そんなオルティヴ・オンラインのテクニックを思い出したのだ。

こんな時でもゲームとは我ながら呆れるが……ともあれ成功してよかったな。


「くっ……! ふざけやがって……!」


激昂した海堂が手を痺れさせながら俺を睨みつけてくる。

全く戦意が衰えていない。……やっぱり俺の方から手を出さないと終わらないか。

さっきは咄嗟だったからいい感じに手が出てくれたけど、俺に本気で人が殴れるだろうか。

……でも、やるしかないよな。汗ばむ手を握り拳を作ろうとした、その時である。


「お前ら! 何してるんだ!?」


慌ただしい声と共に現れたのは山田先生を先頭に、数人の先生たちだ。

さっきから見ないと思ったがどうやら慎也が呼んできてくれたようで、ぐっと親指を立てて笑っている。

……助かった。どうやらこいつは使わずに済んだようである。


「むぅ……お前ら、一体何があったか詳しく聞かせて貰うぞ」


訝しむような山田先生の言葉に、俺は頷くのだった。

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