第9話昼休み、平和な時間。そして……

「なぁ神谷、昼飯一緒に食おうぜ」


浩太と慎也の誘いに俺は頷こうとして、気づく。


「あー……ごめん。今日急いでいたから弁当持ってきてないんだった……」


しかも朝、おにぎり買ったのでお金もない。

あれがVRメットを買った最後のお釣りだったのだ。

今の俺の所持金は二桁円、購買のパン一つすら買えない有様である。


「うわ、マジかよ悲惨……しゃあねえ、俺のでよければやろうか?」

「俺もやるよ。午後は体育もあるんだから辛いだろ」

「ええっ!? そんな、悪いよ!」


首を横に振って返すが、二人は弁当の蓋におかずを載せていく。


「気にすんなって。母ちゃんいつもめちゃくちゃ作るから食い切れねぇんだよ」

「あーウチも。いつも多すぎって言ってるのに……ってわけで遠慮せず食ってくれ」

「でも……」

「いいからいいから」


おにぎりを半分、唐揚げを一つ、サラダを一掴み、きんぴらごぼうを幾つかが弁当の蓋に乗せて俺の前に置かれた。


「こんなに……いいの?」

「いいっていいって」

「気にすんなよ」

「じゃあ……いただきます」


浩太と慎也、そのご両親に感謝して手を合わせると、貰った弁当をありがたく頂いていく。


「すごく美味しい!」

「おー、そりゃよかった」

「ウチの唐揚げは絶品だろ? なんせ唐揚げ屋だからよ」


嬉しそうに二人は笑う。母親からまともに愛されなかった俺には手作り弁当の暖かさが染み入るようだ。

やばっ、涙が出てきた……


「ちょおま、何涙ぐんでんだよ」

「だって、嬉しくて……」

「そこまで喜ばれると流石にこそばゆいぜ」


二人は照れくさそうに苦笑している。なんだか恥ずかしいな。


「ふふっ、神谷くんたらとても楽しそうに食べるのですね」

「う、詩川さん……!」


そんな俺たちを見て、詩川さんがくすくす笑っている。

しまった。彼女、俺の斜め後ろの席だったんだ。


「あはは……恥ずかしいところをお見せしちゃって……」

「いいえ。とてもいいことだと思いますよ。私たち学生は両親への感謝の気持ちをついつい忘れてしまいがちですから。私も神谷さんのように両親に感謝せねばと、そう思いました」


そう言って微笑を浮かべる詩川さんは、まるで聖母のような神々しささえ放って見えた。

俺だけの錯覚ではなかったようで、浩太たちも彼女に仕草に目を奪われている。

相当腹が空いていたこともあり、貰った弁当をあっという間に平らげた。


「ごちそうさまでした。二人ともありがとう」

「どういたしたしまして」

「よかったら明日もやろうか?」

「いやぁ、流石に自分で持ってくるよ」


幾ら何でもそう何度も甘える訳にはいかないだろう。

友達とは対等の存在であるべきだと俺は思う。


「じゃあ明日はおかず交換しようぜ!」

「たまには他のご家庭の料理も食べたいしな」

「うん、でも俺の弁当、自作だからあまり期待はしないで」

「ええっ!? お前自分で弁当作ってんの!?」

「あー……ははは、家庭の事情でね」


うちの母が俺に弁当を作ってくれたことはただの一度もない。

しかも今はプレハブ小屋で生活しているので台所なんてものはなく、簡単な料理くらいしか出来ないのだが……そんなドン引きされるようなことは言わないでおく。


「へぇーすごいな神谷。俺なんて毎朝何度も起こされて、ようやく学校に行ってるってのによ、立派だぜ」

「しかもバイトもして稼いでるんだろ? 親に頼らず生活してるなんて、あんたは偉いっ!」

「いやー、そう大層なものじゃないんだけどね……」


すごくも何ともない。せざるを得ないからそうしているだけなのだ。

偉いだの立派だのと言われる程、大したことはしていない。


「ううん、神谷くんは立派ですよ。自分でお弁当を作るなんて、中々出来ないことです。私も今日久しぶりに自分で作ったくらいですし……」

「そのお弁当、詩川さんが作ったの?」

「恥ずかしながら……」


赤くなっているが、詩川さんの弁当は彩りも良くとても美味しそうだ。

丁寧だし細工まで入れているし、かなり時間をかけて作ったのが俺にもわかる。


「あ、あの……私のお弁当とも交換していただいてもよろしいですか……?」


口元に手をあて、目を伏せがちにして詩川さんは言う。

その頬は赤く染まり、緊張しているのか声は少し震えていた。


「もちろんっ!」


こくこくと俺は、人形のように頷くのだった。


「おい! コラ! 神谷ァ!」


突如、平和な昼休みに碧雷の如く怒声が響く。

ガラガラと扉を開け、現れたのは取り巻きを連れた海堂だ。

どかどかと机を荒らしながら、俺の元へと向かってくる。


「な、なんだよお前ら!」

「こっちはメシ食べてるんだぞ」

「どけ! テメェらはお呼びじゃねんだよ!」


俺の前に割って入ろうとした浩太と慎也を突き飛ばすと、海堂は俺を睨みつけてくる。


「さっきはよくもやってくれたな。どんな手品を使ったのかは知らねぇが、クソデブノロマの神谷が変われば変わるもんだぜ。ヒーロー気取りで皆の前で恥をかかせてくれたが随分と気持ちよかっただろうなぁ? だがよ、あんなマグレ当たりで勝った気になってんじゃねぇだろうなぁ?」

「そ、そっちが絡んできたんだろう? 俺は別に仕返しをしようとした訳じゃない」

「テメェの都合なんて知ったこっちゃねぇ! このままじゃ俺の沽券に関わるぜ。だからもう一度、俺と正々堂々の勝負をしろ。放課後に校舎裏に来やがれ! さもなくば――」


言いかけて、止める。

海堂の頬を掌が強かに打ち据えられたからだ。

掌の持ち主は、詩川さんだった。


「自分勝手がすぎますね」

「な、にぃ……?」


殺意の籠った海堂の目にも詩川さんは怯まずに言葉を続ける。


「今まで攻撃してきた相手にちょっと反撃されたからって、そこまで必死になるなんて浅ましいにも程があります。神谷くんがその気なら喧嘩もいいでしょう。しかし今は食事中なのは見ればわかるはず。行儀が悪いにも程があります。……大体、あなたのような恥知らずがかいた恥なんて、些細なものではないのですか? 勝負を挑みたいなら文を下駄箱に仕込むなりなんなり、やり方というものがあるのでは?」

「……ぷっ」


思わず吹き出す。

ラブレターじゃあるまいし、そんなせせこましい真似をする海堂を想像すると、つい笑ってしまったのだ。

釣られるように浩太と慎也も笑い始める。クラスの皆も、海堂の取り巻きまでも必死で笑いを堪えていた。

ただ一人、茹で蛸のように顔を真っ赤にする海堂を除いては。


「~~~~ッ! うるせぇ! 女は黙ってろ!」


振り上げた拳を詩川さんに振おうとしたその時、海堂の身体が机に当たって載っていた弁当が宙を舞う。

べちゃ、と潰れるような音がして弁当が逆さに落ちた。


「あ……!」


悲しそうに弁当を見つめる詩川さん。

注がれる冷たい視線に立場をなくした海堂は舌打ちをして背を向けた。


「チッ! お前が悪いんだぞクソ女、お前が割って入ってこなけりゃ、ンなことにはならなかったんだ! おい神谷、逃げるんじゃねぇぞ!」


そう吐き捨てて教室を去っていった。


「私の、お弁当……」


しばし呆然としていた詩川さんだったが、しゃがみ込んで地面に落ちた弁当を掃除しようとする。

俺はその横に座り込み――拾って食べた。


「ちょ、神谷くん!?」

「うん! すっごく美味しい! 詩川さんはいいお嫁さんになれるよ」

「な……っ!」


顔を真っ赤にする詩川さん。

本心からの言葉だ。多少土に汚れていても、砂利がついていても、詩川さんの作った弁当がマズいはずがない。


「――ごちそうさまでした」

「え、えぇ……」


呆気に取られる詩川さんに背を向ける。

とてもこれ以上、笑顔を作るのは無理だったからだ。

海堂の奴、俺を攻撃するだけならともかく詩川さんに手をあげ、食べ物まで粗末にするなんて……許せない。

あまりの怒りに沸々と闘志が湧いてくる。

放課後、決闘か。気は乗らなかったが、いいとも。やってやろうじゃないか――!

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