第8話友達が出来たよ

「いやー驚いたよ。まさか神谷だったなんてさ」

「そうそう、痩せすぎよー。声まで変わっちゃってさ。ホント驚いたわ」


俺の周りをクラスメイトたちが取り囲み、口々に声をかけてくる。

まさか俺だと気づかれてなかったとは驚きである。

一応新しいクラスになって一ヶ月以上一緒にいるんだけどなぁ……


「そ、そこまで変わったかな?」

「面影すらないね」


まるで申し合わせたかのようにうんうんと頷く。

いや、流石に面影くらいは残ってると思うんだけど……目元とか。


ちなみに海堂は取り巻きたちが保健室に連れて行った。

先生は何があったのかと聞いてきたが、勝手に転んだのだと皆が口裏を合わせてくれたのである。

普段の行いが行いだったので先生も深く追求することはなく、俺が睨まれることはなかった。


「その、さっきはありがとう。おかげで助かったよ」


主に証言してくれた二人に礼を言うと、気にするなとばかりに首を横に降った。


「なーにいいってことよ。それよりスカッとしたぜ! 海堂の奴、いつも威張りくさって正直言ってムカついてたんだよ。礼を言うのはこっちだ」

「ていうかむしろ謝らないとだよな。ほんとは虐められてるお前を助けたかったんだけどよ。海堂が怖くて手を出せなかったんだ。すまんっ!」


頭を下げる二人。

確かに、彼らは俺が虐められているのを見て見ないフリをした。

本来なら何か言う権利くらいあるのかもしれない。

でも俺だって同じ立場ならそうしただろう。しかし――


「気にしないでくれよ。でも、悪いと思うなら友達になってくれると嬉しいかな」


右手を差し出しながら答える。

――それよりも過去よりも未来の方が大事だよな。

ここで二人を責めるよりは仲良くなりたい。友達としてこれから一緒に過ごして欲しい。それが俺の願いである。

二人は顔を見合わせ、笑顔と共に俺の手を取る。


「俺は久住浩太だ! よろしく」

「谷慎也。シンヤでいいぜ」

「よろしく。俺のこともユートでいいよ」


握手を交わす俺たちに我も我もと人が押し寄せてくる。


「ちょ、お前らばかりズリーだろ! なぁ神谷、俺とも友達になろうぜ!」

「男子ばっかりずるーい! 私も私も!」

「あはは……じ、順番に頼むよ……」


あまりに人が集まったことで、おしくらまんじゅうみたいにされながら、俺は一人ずつ握手を交わしていく。

そうして何人かと握手しただろうか。次に来たのは黒髪の少女だった。

整った顔立ち、女性らしく膨らんだ胸、くびれた腰、陶器のような白い肌……この子は学校一の美少女と噂されている詩川まどかである。

そんな人が俺と握手したいだなんて……夢でも見ているのだろうか。

あまりの事態に固まっていると、詩川さんは二人の友人に押し出されるように俺の前に立つ。

しばしもじもじした後、意を決したように話しかけてきた。


「あ、あの……実はずっと神谷くんと話したかったっていうか……その……」

「俺と? 俺みたいなのと詩川さんじゃ何の接点もないよ」

「違うの! えっとね。神谷くんてゲーム得意でしょ? 前に私が詰まってた時に助けてくれたお礼をずっと言いたくて……!」

「あ……」


――思い出した。

去年の今頃だったろうか。バイトで配達をしていた俺がとある家に荷物を届けた時のことだ。

何度かチャイムを押した後、ようやく同学年くらい少女が出迎えてくれたのだが、彼女は片手にゲーム中のスマホを持っており、画面がチラッと見えたのだ。

プレイしていたのは俺がかつてやり込みまくったオルティヴ・サーガのスマホ版で、しかも詰まっているっぽかった。

それを見た俺はつい懐かしくなって助言をしてしまったのである。

我ながらなんて余計なことを……と猛省しながら帰ったものだが――


「もしかしてあの時の……?」


こくこくと頷く詩川さん。


「クラスが一緒になった時から気づいてはいたんだけど、神谷くん私のこと覚えてなさそうだったから……話しかけられなくてごめんなさい。それとあの時は本当にありがとうございましたっ!」

「い、いやいや俺こそとんでもないことを……」

神谷くんのおかげです! ……よかったら一緒にゲームしましょう」


そう言って、ぎゅう! と俺の手を握る詩川さん。

柔らかい感触といい匂い。ぐはっ!? なんという威力!

思わずノックダウンされそうになる。


「ヒューヒュー、いつまで手を繋いでんだよお二人さん!」

「お熱いねぇ。こんなところでカップル誕生かぁ!?」 


周りに冷やかされ、ハッとなった俺は詩川さんから手を離す。


「……ッ! ご、ごめん」

「こ、こちらこそっ!」


真っ赤になって俯きながら俺に背を向ける詩川さん。

……やっぱり可愛いな。付き合うとかは無理だろうけど、仲良くゲームとか出来たらいいなぁ。

思わず顔がニヤけてしまうのも無理はない話だろう。


「おいおい、顔がニヤけてんぞー神谷ー」

「俺にも幸せをお裾分けしやがれってんだ」


浩太たちに冷やかされてしまう。なんかその、照れくさい。

俺は苦笑しながら席に着くのだった。



「くそったれがァァァ!」


どがぁん! と激しい音がして保健室の壁に穴が開く。

壁から拳を引き抜く海堂、その手は血で滲んでいるが気にする様子はない。


「あいつが神谷だと!? あのデブでブサイクで虫ケラみたいな存在でしかねぇ、神谷だとォォォ!?」

「そうみたいだぜ。名札も付いてたし、本人もそう言ってたから間違いねぇよ!」

「くそぉ……一体GWに何があったんだ? ま、まぁ気にすることねぇよ海堂くん。元気出していこうぜ」

「そ、そうそう。まぐれだってまぐれ!」


取り巻きたちが慰めるが、怒りに震える海堂は顔を真っ赤にしたままだ。


「あたりまえだ! んなもん認めてたまるかよ! あんな奴に俺が負けたなんて、気絶させられちまっただなんてよォ……!」


ブツブツ呟く海堂の顔を見て、取り巻きたちは震え上がる。

小学生時代からの付き合いである彼らにはわかる。

海堂はどんな手を使ってでも神谷を潰すつもりなのだということが。


「このままじゃ我慢がならねぇ。元凶であるあいつを殺しちまうしかねぇよなァ……!」


殺意に満ちた声で海堂はそう呟くのだった。


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