第6話気づいたらイケメンに…いや気のせいだろう
一体何がどうなってこうなったのだろうか。
まるで狐に摘まれたような気持ちである。マジマジと目や口を動かしてみるが、本当に俺の顔のようだ。
「しかし……元の俺の面影はあるけど、意外とカッコいいんじゃないかこれは……」
TVでよく見る芸能人……とまではいかないが学校で一、二を争うと言っていいレベルの美形だ。
いや、俺の美的感覚だからそこまで信用はできないかもしれないよな。ちょっと見れば元は俺の顔だとわかるし、鏡で見る自分の顔は五割り増しで見えると言うし。我ながら自己評価が高すぎである。
「しかし身体もスリムになっただけでなくしっかり筋肉が付いており、腹筋もバキバキに割れているな」
太った人間は常にそれだけの重りを背負って生活しているようなものなので、痩せたら意外と筋肉質というのは聞いたことがある……実際は一週間ぶっ続けでゲームしていただけなんだけど。
筋肉が付いて猫背も解消されからか、視線も今までより高い。
まるで別人になったみたいだ。
「……ハッ、もしかしてこれで外に行ったら、漫画みたいにすごいキャーキャー言われるんじゃあ……い、いやいや! あれはあくまでフィクションだから!」
全く下らない妄想だ。我ながら漫画の読み過ぎである。
……でも案外そうなったりして。鏡に映った自分の顔を眺めながらニヤニヤしていると、ぐぎゅるるる、と腹の音がうるさく鳴る。
うっ、そういえばこの一週間、碌に食事を摂っていなかったよな。
思い出すとすごくお腹が空いてきた。マズい、足元がフラフラしている。今すぐ何か食べないと倒れそうだ。
「買い置きは……駄目だ。丁度切らせてたんだっけ」
一週間水しか飲んでないのは、近くに食べ物がなかったのも理由の一つだ。
仕方ない。大分割高だから気は乗らないが、コンビニでおにぎりでも買って行こう。
早くしないとこのままじゃあ学校に遅れてしまう。
「行ってきまーす」
誰もいないプレハブ小屋にそう言って、俺は家を出る。出ようとした、その時、丁度母屋の扉が開いた。
出てきたのは小学校に行こうとする弟、正明である。
こいつ、挨拶しても無視するんだよなぁ……ボソッとブタとか言われた時もあるしさ。はっきり言って会話したくない相手だ。
とはいえ一応弟だし、歳下相手にそう邪険にはできない。
俺は精一杯の笑顔を作って手を上げる。
「やぁ、おはよう!」
正明は少し目を丸くして、
「……おはよう、ございます」
ぺこりとお辞儀を返してくる。
!? 正明が俺に挨拶を返してきただと……? いつもだったら無視するくせに……一体何がどうなっているんだ?
不思議に思う俺だったが、早くいかなきゃ遅刻することを思い出す。
……しかし本当に変だなぁ。
小首を傾げながらも俺はコンビニへと駆けるのだった。
◆
「誰だろあのお兄さん……ブタと同じ学校みたいだけど……まるでアイドルみたいに格好良かったな。母さんが芸能科を受けろって言ってたけど、あれくらいの人じゃないと受からないんだろうなぁ。はぁ……」
◆
7:20
コンビニに来た俺は一番安い塩むすびを一つ取ると、レジに並ぶ。
並んでいる間、女の子たちからの視線を多少感じるような気もするが、漫画みたいにキャーキャー言われるなんてことは当然ない。
……ま、そうだよな。あれはあくまでフィクションなんだから。
そもそも俺だって、見ず知らずのイケメンが騒がれてるところ見たことなかったわ。ははは……妄想逞しいな我ながら。
大体、太ったお客さんにだって店員さんは普通に対応している。
外見によって対応が変わるなんてことは結局のところあまりなく、ただあまりに俺がしょぼくれた顔をしていたから嫌悪していただけだったのだろう。
今、こうして普通に対応して貰えているのはリフレッシュしたことで俺の毒気が抜けたからというのが大きいだろう。……まぁ多少は外見による補正はあるのだろうけれども。
「こちら、温めますか?」
「……っ! は、はい! お願いします」
び、ビックリしたぁ……こんなこと聞かれたのは初めてである。
今まではゴミでも見るような目で、お釣りを貰う時ですら一度も手渡されたことなかったのに。
背筋を伸ばせ、声を張れと父さんによく言われていたが、それだけで他の人からの評価がこうも変わるものなんだな。
昔はそんなことしてどうするんだと思っていたけど、もっと早くすればよかった。
「こちら、五円のお釣りになります」
温められたおにぎりと共に、俺の手に五円が手渡される。
初めて触れる女の子の手の温もりに、俺は思わず赤くなってしまう。
「あ、ありがとうございますっ!」
あまりの恥ずかしさに、俺は思わず駆け出すのだった。
◆
「何よあのイケメン、北高の制服だったけど、あんな子この辺にいたかしら?」
「ふふふ〜どさくさに紛れて手を握っちゃった♪」
「あー! 私も握りたかったぁー! お裾分けして貰おっと!」
「ちょっとぉー、手に触らないでってばぁー!」
◆
おにぎりを食べてそこそこ腹は満たされた。
コンビニのおにぎりって結構美味しいんだな。またバイト代が入った時にでも買ってみるか。高くなければなぁ。
そんなことを考えながら駆け足で校門にたどり着く。よし、ギリギリセーフ。
「おいそこの君!」
校門を通ったところで先生に呼び止められる。
体育教師の山田先生だ。黒髪ロングで後ろで髪を束ねており、女性ながらに厳しい指導で生徒たちから恐れられている。
俺も体育の時には竹刀で追い回されたものだ。
とても厳しいが自分に芯を持っている人で、公正な判断を下してくれるから俺は案外嫌いではない。
山田先生は怖い顔をして俺を睨みつけながら、近づいてくる。
「えーと……なんでしょう?」
「君は誰だ。私の頭には全校生徒がインプットされている。制服を着てても誤魔化せんぞ」
「神谷ですよ。神谷優斗。ちょっと痩せたんです」
「な、何ぃ!? お前あの神谷なのか!? ずいぶんとまぁ、痩せたものだな!」
「え、えぇまぁ……」
山田先生は俺をジロジロと上から下まで舐め回すように見る。
体育の時くらいしか絡むことがない先生だから、俺のことをよく覚えていなかったのだろう。
そもそも俺って影が薄いし。
「むぅ……なんという鍛え抜かれた肉体! しかも先刻の走る速度もかなりのものだった。素人とは思えないレベルだぞ。あの太っちょ神谷がなぁ……おい、陸上部に入らないか? 訓練次第で世界も狙えるかもしれんぞ?」
「い、いえ! 遠慮させて下さい!」
幾ら何でも買い被り過ぎである。
それに何かと俺を運動させようとしていた山田先生のことだ。世界を狙えるとかただのおべっかに違いない。
とはいえ、山田先生はいつも俺に『もっと男らしくしろ』『背筋を伸ばせ』と言っていたものだが、こんな上機嫌で話してくれたことは初めてだ。
やっぱりリフレッシュの効果が出ているみたいだな。いつもより堂々と話せている気がする。
「そうか……ま、気が変わったらいつでも言いに来い。というか私が誘いに行くぞ! 言っておくが私はしつこいぞー? 覚悟しとくんだな! あっはっは!」
「は……ははは……」
白い歯を見せて笑う山田先生に愛想笑いを返しながら、俺は教室へと向かうのだった。
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