第七章 自由 2
二人のカタナが交わり、刃先から互いの氣が弾ける。
ライゼンは紅、フィロリスは蒼。
生まれつきで決まってしまう、性質の差。こればかりは現代どれだけ研究しても、遺伝でも鍛錬でもなく、運と呼べるもの以外にはないとされている。その氣の色で属性が完全に決まるというものでもないため、その外見以上の意味をはっきりと見出せているものは少ない。
両者の氣が交差し、二人はまた離れる。
最初の打ち合いは顔合わせのようなものだ。
鉱石繊維化武器は、通常の鋼などの武器よりも硬さという点では明らかに劣っている。ただ武器を振り回すだけなら鉄や銅で出来たものの方が優れている。一般に売られているものはそうであるし、兵士に普及している武器も金属製だ。
フィロリスのカタナがいくらダイヤモンドだといっても、鍛錬された鋼に衝突して勝てるはずがない。衝撃を吸収できるように繊維化されてはいるが、それでも鉱石は鉱石、欠けやすいことに変わりはない。
さらに鉱石を繊維化するためには並外れて高い技術と運が要求されている。一つの武器を作るだけでも長い年月が必要とされ、熟練の刀匠が何年もかけて作るものがほとんどだ。
原材料が高級な上に、作る本数も少ないとあっては、それだけ高級になるのは必然である。
フィロリスが手に力と氣を込める。
鉱石で構成された武器は、それぞれに特徴的な性質を持つ。鉱石自体にも魔法伝播材としての効果があるだけに、魔法の属性に似たようなものではあるが、魔法ほど顕著ではないのも事実である。自らの内氣を武器に封じ込めることができるのである。
ルビーであれば燃えるような炎の、アクアマリンであれば全てを流すような水の氣を蓄える。
氣を込めることで、武器を硬質化する。
自らの内氣を消費することで、絶対的な硬さを持つ武器へと変化させる。
それは武器の良し悪しよりも、使用者の氣の操り方にかかっている。
この性質が大きいため、普通の人間ではあまり活用されないが、優れた者には非常に心強い相棒となる。
二撃目が響く。
それは力比べというよりは、氣の比べ合い。
勢いに乗せられた風が地面を濡らす水分を弾かせる。
皮膚を痺れさせる振動が起こった、それにあわせるように二人の髪が揺れる。
ライゼンが、黒いカタナを右に払う。
左に体が傾いたフィロリスが倒れる態勢のまま蹴りを入れる。
ライゼンはそれをカタナの柄で受け、下にフィロリスの足を叩きつけた。
「ちっ」
振り被られたカタナを寸隙で避け、フィロリスが後ろに跳ねた。カタナの重さのため一瞬遅れた右腕に刃が掠れ、血が滲み出る。
痛みはあるが、戦いに問題はない。
距離を置き、カタナに氣を再充填させる。二度のカタナ合わせで氣を消費してしまった。前日に貯めておいた氣ごと、だ。ライゼンは何もなかったように自分のカタナを水平に構え直す。
これが、二人の実力の差。
氣の容量はともかく、操り方では強制的に訓練を受け、常に死と隣合わせの任務をこなしているライゼンとは比較にならない。
それでもフィロリスは諦めるわけにも投げ出すわけにもいかない。
戦いとは瞬時に決まるもの、少しずつ体力を奪おうなどと考える人間はいない。相手を殺すか、自分が殺されるか、ただそれだけだ。
「羽、我が体内に宿る力の羽よ、空を舞うために現れん」
フィロリスが呟く。
「エーテルウィング」
騙し討ちではないが、あまり大声で宣言していても意味のあるものではない。内氣術は自分にかけるものだから、周囲に呼びかける必要がないのだ。
内氣術自体は詠唱を省略できるが、フィロリスにそこまでの実力はない。
体が軽くなるのを感じる。
フィロリスが跳びこみ、ライゼンの前で右横に爆ぜた、撹乱をするためだ。ライゼンの構えは水平、右に移動すれば隙ができるはず。地面ごと斬り上げるようにカタナを振り上げ、更に牽制をし、宙に浮く。
落ちる速度も利用し、ライゼンに斬りつける。
避けるしかないはずだ。
フィロリスはそう考えた。
しかし、ライゼンは違った。
カタナも動かさず、フィロリスの正面を向き、一歩踏み込んだ。
宙に浮いたフィロリスは逆に態勢を変えられない。
フィロリスのカタナがライゼンを二つにするよりも速く、ライゼンが柄を思い切りフィロリスの腹部を打ちつける。
動きが止まったところを右足で後ろに飛ばされた。
背中から地面に着地する。
内氣術で多少運動能力を高めても、まだライゼンには追いつかない。
ライゼンは平然と構えを元に戻す。
どうすれば、打ち破れる。
「来ないなら、こちらから行くぞ」
ライゼンがそう言った瞬間には、彼の姿は既になかった。
信じられない速度でフィロリスの真後ろに出現する、その攻撃を防ぐ手段はない。持ち前の感覚で殺気を悟り、前に跳ねた。
左脇腹の肉が裂ける感触。
エトヴァスに刺された箇所が回復した後も幾分弱くなっていたようだ。防刃繊維の服に構わずライゼンのカタナが通る。込められている氣も桁外れ。
無駄がない動きがフィロリスに襲い掛かる。
自己流の剣術では到底次手が間に合わない。
防御に専念しても後手後手に回ってしまう。
ライゼンの紅い瞳がフィロリスに移る。
ライゼンは未だシーグル化していない、ということは本当の実力を全く出していないということだ。
気が付けば背中に冷たい水、フィロリスは壁際に追い詰められていた。目立った傷は先ほどの一撃だけだが、そこからの出血が少しずつ意識を奪っていく。
ドクン
ドクン
「あ」
胸の奥から、何かが絞り出るような感覚がフィロリスを包む。
ドクン
ドクン
腕が勝手に動く。
振りかざされたカタナをライゼンごと真正面から弾き飛ばす。見えない力に引きずられるように足が踏み込まれ、宙に浮いたライゼンに二撃目を加えようとしている。
戸惑う自分をよそに、自分の足と腕がライゼンに向かう。
空中で一閃、両者の威力は互角、空間の端と端に飛ばされた。
ただ、ライゼンの方が着地に戸惑ったらしく、左腕に怪我をしていた。
フィロリスの拍動は更に速く、血を駆け巡らせている。
正体は、分かっていた。
「グレンか」
ライゼンが漏らす。
フィロリスの中に存在するもう一人、グレンが自らの殻を破り出てこようとする。
フィロリスの意識がよほど落ちていない限り出て来れないはずなのだが、今フィロリスの意識を一時的に奪い、攻撃をしている。
頭の中で、声がする。
聞いたことのない子供の声だ。
ダセ
ダセ
ダシテ
グレンの声がする。フィロリスはグレンの声など聞いたこともないから、これが本当にグレンの声かどうかは判別できない。正確にはグレンの声がしたような気がしただけだ。
グレンはフィロリスの別人格ではない、完全に別の人間が一つの体に住んでいるだけ。脳内のニューロンネットワークからして二人はほとんどの部分を共有していない。表現としては『二人』が適切だろう。
ダシテ
呼んでいる、グレンが呼んでいる。
胸が締め付けられる。
拍動が抑えられない。
確かにフィロリスでは能力でも経験でもライゼンに太刀打ちできないことは明らかだ。グレンなら、互角以上の立ち回りができるかもしれない。
でも、
「黙れ、黙れ!」
自分の中のもう一人に言い聞かせる。
まだ、負けちゃいない。
終わっていない。
頼むから、ここは俺に。
俺の、戦いなんだ。
半透明のカタナを地面に突き立て、胸を掻き毟る。
一度認識しかけた声が止まらない。
ボクノカラダ
カエセ
意識が取られかける。
何かが掬おうとしている。
大体、何でお前何かがいるんだよ。
お前がいなきゃ、いいんだ。
お前何か、誰も要らないんだ。
お前何か。
お前何か。
いらねぇんだ!
一つ呼吸をする。
声が、消えていた。
カタナを引き抜く。
「終わったか」
ライゼンがカタナを振る。
距離を詰めるでもなく、足を前へと進めるフィロリス。
拍動はゆっくりと、血の巡りが心臓から足の先まで。
ゆっくりと体を動かす。
ライゼンへと駆ける。
体は順調だ。
ライゼンと衝突。
氣を込めていないカタナは簡単に受け流される。
その代わり、カタナに逆らわず、体を横に入れる。
カタナを自分の一部だと思う。そうすれば、余計な力を使わずに済む。
回し蹴りでライゼンの手を狙う。避けられた蹴りを屈み、返しを避けられるようにする。案の定ライゼンが水平にカタナを振る。どうやら基本はその横一閃にあるようだ。
下から蹴りをライゼンの鳩尾に入れる。
ライゼンが少しだけ後ろに下がり、威力を半減させる。
下がる勢いを使い左腕でフィロリスの足を殴りつける。
フィロリスが苦悶の表情をするが、ライゼンが突き下ろしたカタナをかわす。
ライゼンが自ら体を退いた。
「まだだ」
ライゼンが右手をカタナに、左を無手にする。
カチカチと嫌な音が響く。
ライゼンが奇怪な音をさせた左腕を刃先へとやる。
黒色のカタナが淡く黄金に色付く。刃先が力強い氣に満ちる。
ライゼンが横に振る。
そこから発せられるのは雷電。
フィロリスがカタナで受け止めようとするが、ほとんど無意味だった。
衝撃が走る。
手に力が入らない。
電撃の威力は予想以上だ。
表情を変えずライゼンが突っ込んでくる。
弱く握り締めたままフィロリスが受け止めようとする。だが、受け止められないのはフィロリスにも承知していた。ライゼンは内氣を電気に変換して自分のカタナに通しているのだ。これこそが鉱石繊維化武器の本質である。本人特有の『技』と呼ばれる内氣術を剣技に応用することができるのだ。単純に氣だけを込めれば硬質化、内氣術を駆使すれば多少ながら魔法にも似た、また直接攻撃とあわせれば魔法以上の威力を出すことも可能だ。ライゼンのそれは雷という属性を加えた刀。触れてしまえばそれなりに衝撃を避けることができないだろう。
剣技としてはよく考えられている。敵は余分に間合いを取らなくてはいけないし、何より分かっていても攻撃を受け止めるわけにはいかない。そして、今のライゼンの攻撃を完全に避けられる人間などそうはいないだろう。
カタナを交わした衝撃と電撃を受け、後ろに飛ばされる。
ライゼンがフィロリスに向かって一歩跳び、握る手の向きを変え、電撃を帯びたカタナを地面に立てる。
二人の間、地面が崩壊する音が聞こえた。
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