第七章 自由 ~ad lib~
第七章 自由 1
「ライゼン!」
フィロリスが声を上げる。開けた空間が彼らを迎えていた。
壁一面、均一に仄かな炎が灯っている。灯りだろうが、そのおかげで、空間全体の広さが目測できる。端まで三十メートル強はあるだろう、天井も高く、偶然に出来た地下空間とは到底思えない広さがある。
水が滴っている鍾乳洞、純白の男が何も言わぬまま腰を下ろしている。黒光りをするカタナを脇に置き、銀髪をなびかせていた。
瞳は紅、フィロリスと同じ色だ。フィロリスと共有するのはその部分だけ、同じ人間から創られた人間だとは外見だけから思えないだろう。
ルーイには、少しだけ二人がわかった。消え入りそうな微かな差だが、二人の氣は似通っている、存在の儚さという点で。
個々の肉体は強く、氣の力も内氣と外氣の差こそあれ人間としては最高級だろう。しかし種類としての氣はどこか薄く、なくなってしまいそうだ。
その冷淡な瞳でフィロリスを見据えたまま。
フィロリスがカタナの鞘を外す。雫で濡れた髪が青みを増している。
黒衣が擦れ、小石が音を立てた。
「フィロリス! 冷静に!」
今にも駆け出しそうなフィロリスを制止し、ルーイが肩から降りる。フィロリスの足元に地を得た。濡れて冷やされた地面がつま先を通してルーイに伝わる。
フィロリスにとって、ライゼンは実に四年振りの再会になる。グレンとしてではなく、フィロリスとして、兄弟としての再会。
ライゼンは動かない、それが一層この空気を冷たく凍えさせる。
氷のような炎、ルーイは間近でライゼンを見てそう思った。
意志は強く、能力も人として手に入れられる限界を超えている。超えてしまっているだけか。
「レインをどこにやった?」
「奥だ」
何もない、無を感じる声。透明でもない、色を表現することも出来ない。まるで人形が服を着て動いているだけのような、そんな感覚がルーイに訪れる。
ライゼンの横にはさらに奥へと通じる道があった。その先にレインがいるという意味だろう。
「ルーイ、行ってくれ」
「ですが」
ルーイがライゼンの表情を読み取るが、能面の顔は何も映さなかった。
構わない、と。
「わかりました」
ルーイがそれに応える。
二人の間に自分が入り込む余地は無く、入り込もうともルーイは思っていなかった。彼らの問題は彼らが解決すべきことだからだ。
「必ず、後で」
「ああ」
既にフィロリスはルーイが眼中にない。彼の視線はただライゼンを捉えているだけだ。それを承知でルーイはフィロリスを見上げる。
もう一度、会えるように。
これが永遠の別れにならないように。
ルーイが駆け、ライゼンの脇を通ると洞窟の闇へ消えて行った。
「これで、始められるな」
フィロリスがカタナを握り締める。
ライゼンも同じようにカタナを手に持つ。
「それは、どうした?」
ライゼンがフィロリスのカタナに目をやる。
白く、半透明のフィロリスのカタナ。
効率性や、その技術を保有していた文化圏の消滅などで世界から存在を薄められてしまった武器、カタナ。
騎士剣術、槍術、短剣術は世界中に広がり、流派も数多い。
片刃の武器は、一部の短剣やそれこそ包丁に受け継がれているだけで、カタナという大物の武器は誰も使わなくなってしまった。威力が弱かったわけではない、誰も作らなかった、だから使用者が減り、結果技術が失われてしまっただけだ。
「知らねえ爺さんがよこした」
ぞんざいにフィロリスが返す。
その声にライゼンが小さく口元を歪ませる。
「トモエか」
今も健在だと言われる正体不明の伝説の刀鍛冶。数百年前から気に入った人間だけに武器を授けるという性格の持ち主で、一説にはこの世の人間ではないとまで言われている。
ライゼンのそれも刀身は漆黒ながら同じくトモエの作、武器としては同等のレベルだ。
フィロリスが準備運動と言わんばかりにカタナを振る。軌跡が小さく色を帯びる。
「フィロリス」
「何だ?」
フィロリスはすぐに返したが、内心動揺している自分がいたのを感じていた。
自分の名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。
実際には数日前も言われていたはずなのだが、フィロリスには憶えがない、あの時は感覚の全てをグレンに奪われていたからだ。
「この戦いに、理由がいるか」
落ち着いた声が地に響く。
ライゼンの言葉の意味を正確には理解できない。
戦う必要がないということか、戦うためには理由がなくてはいけないということか。
理解は出来ないとしても、胸をえぐる感覚がある。
自分はライゼンと戦わなければいけないのか。
戦いたいと思っているのか。
戦って、得るものは何か?
レインは助けなければならない。
そのための壁となっているのはライゼンだ。
レインを助けるため。
本当にそうだろうか。
「わからない」
正直なフィロリスの気持ちだ。
質問とも思えない質問に対する答えは出そうになかった。
無視も可能だろうか。
和解も可能だろうか。
内部ではなく、意識の表層だけで繰り返されている問い。
考えても意味はなかった。
ただ、一つだけわかることがある。
フィロリスがカタナを右上に構え、左足を前に踏み込む。
ライゼンも自らのカタナを胸の前、水平に構える。
両者に言葉はなかった。
距離も関係なかった。
二人の中間、激突の音が響く。
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