第六章 それぞれの一日 6

「あれ、何ですか?」

 ルーイが言う。

 山の麓近く、目的地まではもうすぐだ。

 フィロリスの方が身長は高いから目の前に起こっているものは見える。だがそれが何を意味しているのか確信が持てずにいた。予想をしていない光景だっただけに。

「わからない、けど、変だ」

 あと数百メートル、そこで煙が立ち上っている。

 夕闇が訪れ始め、代わって青白い光と赤い光が現れている。二つの光は互いに交わることなく、互いに競うでもなく、ただ淡々と自らの光を放っていた。

 フェンリルとヌーリスが本格的に空に昇り始めている。

 とても神秘的な光だ。

 世界がざわつき始める。

 遠くに塀で囲まれているハンクルでは今、お祭り会場となり、普段の活気を何倍にも高めている。

「ええ、急いだ方が良いかもしれません」

 その言葉が言い終わらないうちに彼らが駆け出す。

 草木の掠れる音が激しく響いた。

「おい!」

 広がっている光景は奇妙すぎた。

 広場があった。

 いや、元は広場でなかったかもしれない。

 だが今は広場である。

 数々の兵士が倒れ、焼け野原と化している。

 少なく見積もっても二十人。

 倒れている兵士が二色の明かりに照らされている、まるで絵画のような景色。

「な……んですか、これは」

 ルーイが漏らす。

フィロリスも一瞬そこにたじろいでしまった。

 幾人かの兵士に駆け寄ってみるが、ほとんどの兵士は既に息絶えていた。中には全身が火傷に覆われてしまっているものもいる。炭となっている者もいた。

 腕章から全てアステリスク兵であることが分かった。

 戦争の惨劇と同じ光景だ。

 確認するように前へと進む。

 広場の奥、祠の入り口に二人の見慣れた人物が倒れ込んでいた。

「エトヴァス!」

 フィロリスがうつ伏せになっていたエトヴァスを起こす。

 ルーイが他の兵士の様子を見終え、フィロリスの傍に寄る、小さく首を振ったから、恐らくは全滅だったのだろう。

「何があった?」

 フィロリスが声をかけるが、エトヴァスは反応が薄い。

「おい!」

「……あ、あ」

「どうした!」

「……ドラ……ゴン」

 フィロリスの顔が強張り、ルーイを見下ろす。ルーイの表情も同様だ。

「ドラゴンが? そんな馬鹿なことが」

 ルーイが叫ぶのも無理はない。ドラゴン、この場合は火竜であるだろうが、本来生息域が限られすぎていて、滅多にお目にかかることはない。見たとしてもそれが自身の命の最後であろう。

 精霊界の龍とは違う、獰猛で他者を寄せ付けない強さを誇る竜。四足で歩き、爪は山を砕く。

 こちら側の世界では最強の生物だ。

 その強さのためか、絶対的に生息数が少ない、がいくら少ないと言っても、彼らに太刀打ちできるはずもないから、人間は彼らを避けるように住処を作った。一個大隊が挑んでもその討伐によるリスクが大きすぎて誰も実行しようとしない。

 彼らに遭遇したら運が悪いと思って諦めるしかない。

 それがこの世界の常識だ。

 信じられないことだ、信じられないことだが、この場合二人は納得するしかない。理由はともかくアステリスクの一部隊を根絶してしまうほどの被害を出せるものはそういないからだ。

「それで、どうした?」

 いないはずの火竜に襲われ、部隊は全滅している。しかしその一方で火竜は姿を消してしまっている。

「これ以上は無理です」

 ルーイがフィロリスに告げる。エトヴァスは気を失っていた。

 フィロリスがルーイの方を見る。これからどうするべきか、という目だ。

「ライゼンとレインさんがいません、先へ進みましょう」

「ああ」

 エトヴァスを地面に寝かし、フィロリスが立ち上がる。そのまま祠へと歩を進めた。

 祠の入り口は無傷で、崩れかかっていることもなかった。

 火竜はどこへ行ってしまったのか。

 二人は内部を覗き見る。角度の問題か、二つの衛星の光は内部までは届かず、数メートル先までしか見えない。その先に赤く灯るものがあった。明かりだろうか。

「行こう」

「はい」

 ルーイがフィロリスの肩に乗り、フィロリスが歩き出す。五感の優れているルーイが目の役割をするのだ。

 慎重に足を進める二人。一歩先が何もない空間だとしてもおかしくはない。

 水の滴る音が響く。

 ルーイは耳を澄まし、空間を認識する。

「ルーイ」

「何ですか?」

「本当に、竜が出たと思うか?」

「違いますか?」

 あれだけの被害を及ぼせるものが火竜以外にいるだろうか。それもアステリスクのエリート兵ばかりの部隊を。

「周りを見たか?」

 そういえば、あまりの現場の酷さに広場の外がどうなっていたのかルーイは見ていなかった。普通はそうだろう。

「木が、倒れていなかった」

「なるほど」

 冷涼な湿気が二人に吹き付ける。

「ですが」

 ならば誰がやったのと言うのか?

 あれだけの炎を。

「俺は、二人知ってる」

「?」

「ライゼンとグレンだ」

 炎を主とする魔法士は多い、獣は火を恐れるし、戦い、生活への応用範囲も広い。だが、一部隊を抵抗の間もなく葬れるほどの魔法を使いこなす人間は少ない。

 今現在最強の炎使いと言われているはエンジェルズの隊員である宝玉使い。次点はフロンティアの魔術科学研究員ギルドの最高顧問。

 しかしそれらがこの地にやってくる可能性は低い。エンジェルズは隠密行動が出来ないし、最高顧問はフロンティアに留まらなくてはいけない。

 だとすれば、非公式の人間だということになる。

 そして二人は最も可能性の高い人間をごく最近見た。

 シーグルのライゼンとグレン。

 勿論、グレンはフィロリスの裏の存在で、ルーイはフィロリスと共に行動をしていたからこれがグレンの仕業ではないことは明白だ。

「だとしても、なぜです?」

 ライゼンの力なら確かに可能かもしれない。事実、ライゼンは詠唱すら無視をして彼らの前で炎の竜巻を作ってみせた。詠唱に時間をかければどの程度まで威力を上げれるのか検討もつかない。

 幻術との組み合わせ、炎で竜を作り出す魔法、それは相当高位の魔法だ。

 だが、彼にはそんなことをする必要もない。ここにいる兵士は全て彼の部下のはずだ。

「わからない」

 眼前の炎が近づく、直にたどり着く。

「石版のことと関係あるでしょうか」

「かもしれない」

 二人にはまだ答えは出ていない。

「きっとすぐわかる」

「ですね」

 全てを知っているライゼンの元へと行けば。

 フィロリスはわかっていた。

 この先に、ライゼンがいることを。

 それは直感や経験ではなく、運命という名の鎖。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る