第六章 それぞれの一日 2
「ふぃろりす、行っちゃったね」
二人がいなくなった後、シークネンはエミリアの手を繋いで店に戻ろうとしていた。
「そうだね」
優しい、父親としての顔付き。
「すぐ、かえってくるよね?」
「エミリアがいい子にしていたらね」
わーい、と声を上げながら繋がれていない手をバタバタさせた。
街は俄かに活気付き始めていた、昨日のうちに間に合わなかった飾りつけや忙しく準備している人々がいる。外から見れば二人は散歩かなにかをしているように見えるだろう。
「わたしね、わたしね」
「ん?」
エミリアが手を振る反動を生かして器用に飛び跳ねている。
「ふぃろりすがかえってきたら、いっしょに旅にでるの」
無邪気に笑う少女。
「前にも言っただろ、外は危ないんだよ」
「でも、ふぃろりすがいたらだいじょ~ぶ、でしょ?」
シークネンが僅かに歩く速度を緩め、考える素振りをする。
「ね? ね?」
楽しそうに首を傾げるエミリア。
小さく首を横に振る。
「ダメだ」
「どうして?」
「どうして、エミリアは旅に出たいんだい?」
つま先を地面に擦り付けて、言葉を選んでいる。
「おかあさんに、会いたいの」
手を離しその頭を優しく撫でる。
「エミリア、お母さんはね……」
あくまで諭すような言葉使いでエミリアに言う。
「うん、しってるよ」
「じゃあ、どうしてそんなことを言ったんだい?」
「あかあさんは、どんなひとだったの?」
「とっても優しい人だよ」
「おかあさんのいたばしょにいってみたいの」
一呼吸置いて、エミリアが続ける。
「わたしは、おかあさんのこどもだから、もっともっとおかあさんのことがしりたいの」
頭を撫でながら、シークネンはあれから長いときが流れていたことを感じていた。
「随分大きくなったね」
エミリアが押さえられた頭を押し戻すように跳ねている。
「だってもうすぐ十三さいだもん」
「そうだったね」
優しく笑う。
「ね、おとうさんといっしょでもだめなの?」
その言葉に反応してシークネンの表情が険しくなるが、エミリアがこちらを見ているのがわかり表情を和らげる。
「お父さんは、もうそこには行けないんだ」
「そこ?」
「うん」
「どこ?」
疑問そうに首を傾げてシークネンに聞くエミリア。一瞬口を閉じかけたが、決心したように口を開く。
「エスカテーナ、エミリアも聞いたことあるだろう? ここからもっと北にあるんだよ」
エスカテーナ、そこは大陸ランドヒルで最も大きく、大陸を統治する王立国家。この世界に住んでいる人間なら子供であっても必ず知っている、大都市といわれるハンクルを凌ぐ地域だ。
「おかあさんのお墓も?」
「うん」
「わたし、いってみたい」
「どうしてもかい?」
「うん!」
力強く首を縦に振るエミリア、口元を緩め、シークネンが手を繋ぐ。
「もう少し、エミリアが大きくなったらね」
「ほんとう?」
「うん、きっとだ」
「ありがと!」
元気良く一つ足を浮かせた。
「さぁ早く準備をするよ、エミリアも手伝ってくれるね」
「は~い」
いつか、この子が真実を受け止められる時が来たら、その時彼女は許してくれるだろうか。生きるために血でまみれてしまった、大切な人を目の前で亡くした自分の愚かさを。
二年前、フィロリスに出会った日から気が付いていた、彼が模造の人形だということを。もしこのことをしかるべき機関に伝えたならば、自分はまた元に戻れるかもしれない。彼女にも、今まで以上に楽な暮らしをさせることが出来るかもしれない。
だが、それは止めた、今の自分には守るべき大事なものがいる。
彼女を、娘を好奇の目に触れさせたくない。
それに、娘は、何よりも自分はフィロリスを信じている。
今回のことは知らないが、恐らく彼が自分として生きるために通らなければいけない道だろうということはわかる。フィロリスには、昔の自分には手に入れられなかった、守るべきものを守る力を手に入れて欲しい。
ただ、自分の守るもののために。
シークネン=グラディエ、『元』エスカテーナ王立騎士団第一近衛兵団『天の一端〝エンジェルズ〟』所属
強さを得ることでしか優しさを得ることが出来なかった男。
しかしそれはまた別の話、別の機会に。
シークネンが快く晴れた空を見上げる。
祭典の決行を告げる祝砲が鳴り響いた。
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