第四章 静寂 3

 その男が目覚めたのは、あれから二日後だった。

 入り込んでくる光が眩しい。

 無理に目を開けるとフラッシュで頭がくらむ。ゆっくりと男は目を開けた。慣れるまでに数秒。一方向からの光、窓。光の強さから、それが昼頃だと分かる。

 頭を動かさずに景色を見渡した。

 天井には丁寧に掃除の行き届いている

 自分のいる場所は、おそらくベッドの上。

 ベッドから起き上がろうとするが、眩暈がする、それに多少の筋肉痛も。仰向けになったままの体勢で全身の感覚を確かめる。

 傷は、深くないみたいだな、そう確認してぼうっと天井を見上げた、時折景色がゆがんで見えたがそれも少しずつ治まってきた。

「ようやく起きたんですね」

 聞きなれた声がする、自分の口が正常に動くのを確かめてから

「ルーイ、か」

 とはっきりした声を出した。

「フィロリス、ですね」

 ひょいとフィロリスの視界にルーイが顔を出す。

「……ああ」

 問い掛けの意味を男は理解する。

「エルフィンは」

「奥で寝ています、あなたより傷は深かったですから。一応応急処置はしておきましたが、私の魔術とここの薬ではまだ時間がかかりそうです」

「そうか……」

「レインさんは連れていかれました」

 ルーイが淡々と告げる、こういうときに努めて冷静にしているルーイをフィロリスはよく知っていた。フィロリスは事の次第を記憶の断片から整理する、エトヴァスにナイフを突き刺されたことまでは憶えていた。

「グレンに会ったんだな」

 テーブルの上に乗りフィロリスを見下ろすルーイ、起き上がることの出来ないルーイの最良の方法だ。

 無言で質問に対する答えを出す。

 鈍い扉の開く音。

「ルーイさんには私が話しました」

「エルフィン」

 エルフィンが扉を開けて入ってきた、その胸には包帯が巻かれ、自分の背丈ほどのロングロッドで体を支えている。包帯はルーイが器用に巻いたのだろうか。

「大丈夫なのですか?」

 明らかに引きつった笑いでエルフィンが返す。どうみても起きていられる怪我ではない。

「悠長なことを言っている場合ではないですからね」

「しかし無理に体を動かせば……」

「好きにしてやれ」

 フィロリスが体を起こしベッドに腰をかける。

「親切ですね」

 親が子供をほめるような顔つきでエルフィンが言う。

「時間がないんだろ」

「……大体のことは知っていますね」

 エルフィンが深く頷きながら返す。

 フィロリスとルーイも頷く。

「あなたが眠っていた間の話をしましょう」

 そう言ってエルフィンが近くの椅子にゆっくりと腰をおろす。

 フィロリスに事態を説明するのには10数分ほど要した。

 ルーイよりも当然内部事情に詳しいので適当に省いてエルフィンは話していた。

 エルフィンの話が終わるまで、フィロリスは黙って聞いていた。ところどころをルーイが付け足した。

 ライゼンの名前を聞いたとき以外、特にフィロリスの表情に変化はなかった。それでもほんの少しの表情の変化しかルーイには見えなかった。

「そうか、ライゼンがいたのか」

 と呟く。

 予想していたことなのかもしれない、いつかはこの日が来ると。

「あれが、レインさんが、アステリスクに狙われた理由ですか」

 ルーイがアンスールドラゴンを封印した様子を思い浮かべる、それはまるで人間を超越した存在だった。

 初めてシーグルを知ったルーイでも、その力の恐ろしさはわかる、どんなに修行をしても追いつくことの許さない絶対的な素質の差。

 生まれつきの天才である。

「魔術にも個人の特性があります、攻撃に適しているもの、守りに適しているもの」

 静かに語り始める。

 確かにエルフィンの言うとおりだ、今までその人間が培ってきた経験、それと生まれつきの能力で、ある程度の特性は決まってしまう。頂点を極めようとする人間にとっては重要なことである、しっかりと自分の力量を見極めることも能力の一つだ。それは高度な魔術を使うことになるシーグルについても言えることなのだろう。

「研究所には、ライゼンやグレンのような直接的な攻撃系魔術を使えるものはいました、しかし、原因はわかりませんが、死者を蘇生するような回復系や、特殊魔術系を詠唱できるものはほとんど発現しませんでした」

「レインは」

 ゆっくりとフィロリスが口を開く。

「レインは精霊と同調する能力、つまりは召喚術に長けていることがわかりました」

「それで大戦時の精霊を召喚するのに必要なんですね」

 アンスールドラゴンのような。他の魔術と違い意思を持つ精霊と契約するのには、その精霊に認められるだけの能力を持つ必要がある。意志、知識、精神力、体力、素質。

 特に持って生まれた素質は大きい。

「シーグルの中でも並外れていたグレンですらあの惨事でした」

 エルフィンが様子を思い浮かべ苦い顔をする。

 フィロリスはそのときのグレンであったため記憶がない。しかし、わずかな意識の共有部分で感触だけは憶えている、痛み、悲しみ、喜びが入り混じったグレンの感情とこの世に存在しないはずの生き物との接触。

「でもどうしてレインさんが?」

「……研究所にはいなかった」

 フィロリスが記憶を引き戻す、お互いの顔を合わせる機会は少なく、会話をすることがなくても、大抵のシーグルは面識がある、もちろんライゼンにも。

 実験は主に単独で行うが、まれに集団での共有実験も行われる。能力の干渉などを調べるためのものだ。

 フィロリスの記憶に入るだけでも10人はゆうに越えていた。

「レインは私の娘です」

 一人と一匹の表情が変わる。

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