第一章 霧蒸ける森 4

「どうなった?」

 フィロリスと同じカタナを腰に下げた男が言った。

 違うのは、身に付けている衣装がすべてフィロリスと対象で純白であるということだ。

 ここはフィロリスたちが戦っていた森の中心部から五キロほど離れたなだらかな台地。

 純白の男の横にたたずむ男、いくつかの金属製のリングが腕に巻きついており、その左腕からは鮮血が滴り落ちている。

 あまり格闘戦に向いていないのではないかという筋肉をしている、かといってなよなよとしているわけではない。ちょうど中間的な肉体だ。

「邪魔が入ったようです、相手は特殊な武器、あなたのカタナのようなものを持っていました」

 怪我の男は頭に巻いてあったバンダナを傷口に巻きなおした。

 純白の男はその白い髪の毛をわずかに揺らせた。口元に笑みを浮かべながら。

「どんな奴だ?」

 初めて見る男の表情に恐怖を覚えながら、ゲストウッドを通して見た情報を伝えた。彼が魔物に命じたのは〝追跡〟と〝確保〟だけだったので、詳しい映像は得られていないが。

「黒いコートを着ていました、ライゼン様と正反対の。声から察するにまだ十代後半でしょう。もう一人の姿はつかめませんでしたが」

「ははっ、あいつか」

 黒いコートとカタナ、ライゼンは懐かしい顔を思い浮かべた。

「はっ? もしかして知り合いか何か?」

「ああ、古い友人だ」

 古い友人、この言葉がしっくりくるかどうかはライゼン本人にもわからなかったが、とにかく最後にあったのはずいぶん前だったのは覚えている。

 このついこないだ二十歳を迎えたかという男の古いというのは、どれくらい前のことなのだろうか、と男は思った。

 二十代半ばの男は、自分の傷に対して何の気にも留めていない年下の上司を見上げた。戦いの世界では年齢など関係ない、実力のあることが全てなのである。単にライゼンが自分より結果を出しているというだけの話である。

 男はライゼンと組むのは初めてだった。

 仕事を的確にこなしていく、失敗のない男だという噂はあった。だが、実際にあってみて、予想よりも年齢が低いことに驚きがあった。

 男はライゼンとの初対面のとき、首筋が生ぬるいものに触れるような気味の悪い気持ちになった。何年もこの世界で生きているが、そう思わせた人物は少なかった。自分よりも年下ではライゼン以外にいなかった。

 歴戦の覇者だとは思わなかった。あまりにもスマートな体型とそれには不釣合いなカタナ、純白の衣装という戦場では目立つ服装、何もかもか適していないようで、それでいてこの男のすべてを語っているかのようでもあった。

「エトヴァス、本部に連絡しろ」

 怪我の男、エトヴァスは不思議に思った。今回の指令は簡単であったはずだ、逃亡者が持ち逃げした本の奪還。そしてその逃亡者と共に住んでいる者の身柄の確保。

「我々だけでも……」

「お前は私の指示に従っていればいい、そういわれたはずだ」

 今回の指令には同行者がつくという連絡を受けたのは十日前のことであった。

 その同行者の指示は本部の指示と同じだということも。

「はぁ」

 理解の遅い部下にうんざりした様子も見せずに、ライゼンは続けた。

「お前では勝てない」

 言い返すことのできないエトヴァスは左腕を抑えたまま下がっていった。

 あとにはライゼンただ一人が残された。、

「フィロリス、エルフィンと出会い、お前は何を思う」

 ライゼンは足元の砂を踏みつけその場を後にした。

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