第6話 秋山崇
秋山は大らかな性格でクラスの誰とでもうまくやれている。
八方美人的なところがなくもないが、僕にとってはクラス内の他の生徒との重要なパイプ役だった。
彼を通じて話すようになったクラスメートも男女合わせて数人いる。
今のところ、一番、友人というものに近い位置にいた。昼休みにぼっち飯をしていないで済んでいるのも秋山のお陰だと言っていい。
僕の目はそそくさと一人で帰る太田くんの姿を追うとはなしに追っていた。
太田くんはクラスで浮いている。特に女子からは存在を無視されていた。
少しは身ぎれいにすればいいと思うのだが、脂の浮いた髪の毛がべたりと張り付いている。
男子が話しかけてもうるさそうにしていて、秋山も早々に関わるのをやめていた。
さすがに昼食時は教室ではいたたまれないのか、どこか他の場所に出かけて一人で食べているようだ。
ある意味自業自得な部分もあるように思える。
でも、僕もひとつ間違えば同じ境遇になっていた可能性はゼロではないことを勘案すると全くの他人事ではなかった。
この状況を考えると秋山の頼みを無碍に断るわけにもいかない。
また、他にも頼める相手がいるだろうに、自分を選んだというところに心がくすぐられる部分もあった。
親世代から上の年代には好感をもって受け止められやすい容姿を買われたのだとしても嬉しい。
「僕なんかが言ったところで役に立つとは思えないけど……」
「いいから、いいから。それでダメだったらもう仕方ねえよ。まあ、ちと手合わせするぐらいの気持ちで来いって」
秋山は、昨日瑛次と対戦したゲームの名前を挙げる。
僕と話をするきっかけになったものでもあり、今度勝負しようぜという話もあった。
話の流れで言ってみただけと思っていたが、秋山はそうでもないらしい。
金持ちの子供はみな我がままで嫌なやつという偏見を持っていたが、秋山はそんなことはなかった。
クラスの中には僕の持っていたイメージそのままのタイプも居れば、いい意味でのお坊ちゃんもいる。
秋山は少し言葉遣いを荒くしたりするところはあるが、どちらかといえば後者に属していると僕は判断していた。
「分かったよ。でも、急に僕を連れていって迷惑じゃない?」
「ダイジョブ、ダイジョブ。そんじゃ、放課後な。読書の邪魔をして悪かった」
そんなこんなで、僕は秋山の家に連れていかれる。
僕がときどき本を買いに行く大きな書店から徒歩二分のところにあるビルを秋山が指さした。
「あれが、オレん家。ふっるいビルだろ」
家といえば戸建てか集合住宅しか頭になかった僕は、商業ビルの上に住んでいるというのが新鮮に感じる。
秋山はためらいもなく一階の不動産屋に向かった。
脇にある開口部から入るとばかり思っていたので面食らった。
ガラス戸にはいくつもの紙が張ってあり、どこからどう見ても、そういう趣向を凝らした個人宅ではない。
自動ドアが開いた。
お店の人の目礼に軽く頷くと、秋山は戸惑う僕の袖を引っ張って店の奥へと歩を進める。
カウンターでは一組のお客さんがお店の人と話をしていた。
どういうことなのか質問したいが、声を出せる雰囲気ではない。
店の奥に到達すると秋山はそこにある扉をためらうことなく押し開けた。
その先の小部屋には、右手の壁に鉄扉があり、狭い階段と、なんとエレベーターがある。
秋山は上向き矢印のボタンを押した。
上階で低い音がする。
後ろの扉が閉まっていることを確認して声をかける。自然とささやき声になっていた。
「どういうこと?」
「ああ、鍵開けるのが面倒だからさ」
どうも話がかみ合わない。
エレベーターが到着し、秋山はさっと乗り込む。
手で招き入れられれば、僕も足を踏み入れるしかない。
秋山は五のボタンを押して扉を閉める。
エレベーターはゆっくりと上昇し始めた。
「あら、あら。いらっしゃい」
秋山のお母さんはエレベーターを降りたところでにこやかに僕を迎え入れる。
「突然お邪魔しちゃってすいません」
「いーのよ。どうせうちの馬鹿息子が思いつきで誘ったんでしょ。あ、玄関先で立ち話なんてごめんなさいね。ほら、崇、あんたのお客さんでしょうが」
「さあ、上がってくれ」
玄関脇の扉を開けるとスリッパを出してくれた。
靴を脱ぐと向きを変えて端の方に揃える。一応はこの春に買ったものだけど、大理石っぽいものでできた三和土の上だとみすぼらしく見えた。
スリッパをはいていいものか迷っていると、秋山が説明した。
「うちにはオコゲってコーギーがいるんだけど、ヨダレでベットベトの玩具を放置していることがある。スリッパ履かないとひどい目にあうぜ」
それじゃあとお言葉に甘える。
廊下を進みドアを開けて案内されたのは広い部屋だった。
壁際には大きな液晶テレビと向かい合わせになるようにソファが置いてある。その部分だけでうちの居間と同じぐらいの広さがありそうだった。
背中に黒っぽい部分がある茶色の犬がたたたっとやってきて僕のにおいをかぐ。
尻尾を元気よく振っていた。
でーんと重厚感のある大きなテーブルにつくように勧められる。
「悪いんだけど、食事はここでってのが、うちのルールなんだ。さっさと飯食って俺の部屋に行こうぜ。で、これ、お袋」
お皿を運んできたお母さんを指さすと、バシッと秋山の肩を叩いていた。
「あなたねえ、母上様と呼びなさいとは言わないけど、これはないでしょ?」
後ろにいて見えないと思ったのか、秋山は目玉を剥き出し舌をべろっと出す。
「で、こちらが同じクラスの結城。割と良く話すんだ。読書家なんだぜ。こんな分厚い本を二冊同時並行で読んでる。それでさ、部活も一緒にって話をしてるんだ」
「結城くん、うちのアホンダラをよろしくね。こんな感じで調子ばっかり良くて困ってるの。それで……、こんなものしかなくて申し訳ないんだけど、召し上がって」
テーブルにはカレーとサラダ、白い飲み物が並べられていた。
「すいません。急に来たのにお昼までご馳走になってしまって」
「いーのよ、そんなこと気にしなくて」
「お袋は口うるせえけど、このカレーはめっちゃ旨えから。ま、食ってみろよ」
頂きますと手を合わせ、スプーンですくって口に運ぶ。
よく分からないけど、いい香りが広がって、口の中で肉がとろける。牛肉だ。そしてちょっとだけ辛かった。そして、とても美味しい。
もう一口、今度はスプーンに山盛りにして食べた。
気がつくと二人が僕に注目している。
がっついていたことが恥ずかしくなって顔が火照った。慌てて飲み込む。
「とっても美味しいです」
ありきたりの言葉しか出てこないのが恨めしい。
「それは良かった。嬉しいわね。お替りもあるから」
秋山もパクパクと食べながら我が事のように嬉しそうだった。
カレーは美味しいけれど、ちょっと辛い。
サラダを食べ、コップを顔に近づけてみる。牛乳かと思ったら違うようだ。
口に含んでみると甘さと酸味が辛みを中和してくれる。どうやら、飲むヨーグルトらしい。
お母さんはパクつく僕たちを目を細めて眺めていたが、二人の皿が空くとお替りをよそおうとした。
「育ち盛りなんだから、遠慮なんてしないの」
「では、少な目でお願いします」
二皿目を食べていると、お母さんは僕に向かって質問をしてくる。
「部活は何に入ろうとしているのかしら?」
向かいの席の秋山の目が光った。
一宿一飯の恩義は返さなくてはならない。まだ家に泊めてもらったことは無いけれど。
「えーと、弓道部に入ろうかなと思っています」
「あら。それはどうして?」
「あまりメジャーじゃないものにしようかと考えていたこともありますけど、熱心に勧誘してくれる先輩が良い方で、有益なことを教えてくれたんです。部活の中身への興味で差があまり無いので、それなら、部員が少なくて困っていた先輩に恩返しをしようかと……」
秋山のお母さんはへーえと感嘆の声を漏らす。
「若いのに立派ねえ。そういうのは意外と大切なのよ」
「だよな。俺もその話を聞いてすごいなと思ってさ。俺も課題図書のこととかで結城にはお世話になってるから、見習わなきゃな、って思ってたんだ」
秋山は調子よく話を合わせてきた。
食べ終わったので、お礼を言う。
使った食器をキッチンまで運ぶべきなのかどうか悩んでいたら、お母さんにそのままにしておいてと言われた。
秋山が勢いよく立ち上がる。
「それじゃ、俺の部屋に行こうぜ」
もう一度頭を下げてお礼を言うと僕はその後についていった。
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