窓際のモブAはモデルの少女の過去を聞く
「初対面じゃないならもっと早く教えてくれても良かったのに」
黙ってたのがちょっと意地悪な気がして唇を尖らせると、メイサさんは難しい表情を浮かべた。
「言おうかとも思ったんですけど、でもイベントで顔合わせただけの女から馴れ馴れしく来られても怖くないですか?」
「……たしかに、考えてみたらちょっと怖いか」
事務所が禁止してるのに出待ちして来るようなファンの人とかまさにそんな感じだもんなぁ。
メイサさんも現役のモデルさんだし、もしかしたら似たような経験をしたことがあって遠慮したのかも知れない。
「ホントはミナトさんのファンだってことも明かすつもりはなかったんです。だけどどうしてもお礼だけは言っておきたくて」
「お礼?」
「はい。……私が今こうして活動出来てるのはあの日、ミナトさんに会えたおかげです。ありがとうございました」
そう突然目の前で頭を下げてられて、思わず僕は面食らってしまった。
「――は? えちょ、なにして? いいから早く頭上げてって、ていうかなんで僕に!?」
なんだなんだこの状況は。
僕のおかげってあの時なんかしたっけ。いやどう思い出そうにも全く覚えがない。
だってメイサさんは優勝した弟くんの代理だったから当然インタビューとかもなくて、商品のベルトを渡したらそれで終わりだったはず。
事務的な会話は二、三言交わしただろうけど本当にそれくらいで。
「ミナトさんがどうというか、私が勝手に感謝してるだけなので。あんまり気にしないでください」
言葉にしなくても僕の困惑が伝わったのか、元の姿勢に戻ったメイサさんは少し言葉を付け加えた。
「でもそう言うってことはなにかしらあったわけでしょ?」
「まあ、それは。ミナトさんのおかげで自分なりに心の整理がついたって感じですね」
「ふうん?」
よく分かんないけど、ようするにメイサさんの個人的な事情ってことなのかな。
ならわざわざ深堀する必要もない。他人のプライベートを邪推するような趣味はないし。
というか、そもそもこれ以上メイサさんと会話を続けても僕の正体を隠すという意味ではリスクしかないんだよね。
頼まれてたサインもしてあげたことだしここらで会話を切り上げても不自然じゃないはず。
「もし差し支えなければだけど、その事情って聞いてもいい?」
そう思っていたはずなのに、僕は自分から彼女に訊ねていた。
「もちろんミナトさんになら構わないですけど、でも面白い話じゃないですよ?」
「ううん、そういう意味で気になってるわけじゃないから。自分がなにかしたわけでもないのに感謝されるって居心地悪いしさ。……それに一緒の現場になってこうして話までしちゃったら、なにかあったのか心配くらいするよ」
「ミナトさん……」
きっと同じ城戸大学附属高等学校に通う『七海湊斗』と『弟切メイサ』の関係性のままなら僕は彼女のことをそこまで気にかけなかったと思う。
だけど『月城ミナト』と『メイサ』として曲がりなりにもこうして関わってしまった以上、もう赤の他人とは思えなかった。
「私、外国人と日本人の間に生まれたハーフなんです」
なにやら感じ入っていたメイサさんだけど、ややあってポツリポツリと語りだした。
「お母さんが中東の出身で。肌もちょっと黒いし、目とか髪の色も派手だし。ちっちゃい頃はよくからかわれて、なんで周りの子と自分は違うんだろうってコンプレックスで」
「僕は良いと思うけどなぁ。メイサさんに似合ってるし」
「ふふっ、ありがとうございます。私も両親や周りの友達が励ましてくれたのもあって、乗り越えられたんですけど」
そこでメイサさんは一回言葉を切って、ぎゅっと自分の身体を抱き締めた。
「ミナトさんは私を見て、どう思いますか?」
「どうっていうと?」
「その、自分で言うのも恥ずかしいんですけどわりと発育が良い方じゃないですか、私って。見た目も派手ですし」
「……まあ、たしかに目立つ方ではあるかもね」
本人を目の前にして言葉を選びつつ、僕は努めて冷静なフリを決め込んでそう返した。
どこがどうとは言わないけど、たしかにメイサさんは全体的に色気があって高校一年生とは思えない大人びた見た目をしている。
それも元を辿れば中東出身だというメイサさんのお母さんの血かもしれないが。
「中学生になったくらいからかな? 周りの男の子の反応が変わって、なんていうか……えっちな目で私を見るようになったんです」
あ~、まあ、そうなるよな。
メイサさんみたいな美人なら当時から美少女だったろうし、そこに加えて第二次性徴期でぐっと大人びた彼女がクラスの男子にどう見えたか。
良い悪いで言ったらもちろん良くないけど、同じ男として気持ちも分からないとも言いにくい。
ただそれはメイサさんも理解していたみたいだけど、
「まあでも男の子ってそういうものだから、私もある程度は仕方ないって我慢してたんですけど……担任の先生まで私のお尻とか胸をジロジロ見たり、触ろうとしてきて。それが怖くて、だんだん男の人自体が苦手になっちゃったんです」
「はぁ!? そんなのもう犯罪じゃんか!」
だけどこれは論外だろ。人としても教育者としても。
憤慨する僕に同調するようにメイサさんもこくんと頷いた。
「両親に相談したら学校に抗議してくれて、それで調べたら先生の引き出しから女子更衣室の隠し撮り写真が何枚も見つかって。そこに私の写真もあったから、それが証拠ってことで懲戒免職になったんですけどね」
「じゃあそれで一件落着?」
「いえ、むしろ大変だったのはここからなんです」
これで胸を撫下ろせるかと思いきや、メイサさんの災難はまだまだ続きがあったらしい。
「懲戒免職になって先生って、若くてそこそこカッコよかったから女子に人気あったんですよ。しかも私以外に隠し撮りされてた他の娘についてはショックを受けるかも知れないからって隠されてたみたいで。そのせいか、先生のファンだった女の子が私が先生を誘惑したからだって言い出して」
「うわぁ……」
そんなのお門違いもいいとこだろうに。
恋は人を盲目するってやつなのか、いやそれともメイサさんは男子に人気があったみたいだし前々から疎んでたのかな。
どっちにしろ当事者でもなんでもない僕はすでに起こってしまったことを聞くしか出来ないんだが。
「否定しても聞いてくれないし男子に私がビ●チだとか言いふらすし、こっちは被害者なのに意味わからなくてもう頭に来ちゃって。そんな時、街を歩いてたらモデルにスカウトされたんです」
「じゃあ、もしかしてそれでモデルに?」
「有名人になれば私を馬鹿にしてくる子達を見返せるかなって。……でもなったらなったで色々大変で、何回も辞めたくなりましたけど」
「あ~最初右も左も分からないからめっちゃ怒られるもんね。学校もあるしさ」
「そうっ、そうなんですよ! とくに三年生の時は高校受験もあるから大変で!」
「分かるな~、僕受験の頃も仕事ばっかりでさ。学校にも中々行けないし家帰ったら台本覚えないといけなくて移動中に勉強してたもん」
「うわぁ。でもそっか、今年の冬ってミナトさんブレイクしはじめでしたもんね」
同い年でこの業界にいる同士なだけあってあるある話で盛り上がる。
さらに話を聞いていくとメイサさんはモデルとして着実にキャリアアップしつつも、今日本当なら相方役だった男性モデルみたいなやつに口説かれたり、枕を匂わせるような業界のおっさんに狙われたりと、女の人特有の大変さもあったのだとか。
「そんな感じで色々ありましたけど、ありがたいことに雑誌の表紙を飾れるくらいに人気も出て学校での私の印象も変わったんですけど……おかげ様で男性恐怖症の方はむしろ酷くなる一方で」
話を聞いていた身としてはそりゃそうもなるわって感想しかない。
芸能界って端から見ればキラキラしてて夢のある場所だけど、やっぱり怖い場所でもあるよね。
「そんな時だったんです、弟に付き合ってライダーを見たのは。その時の私は信用が出来る異性がお父さんと弟くらいしかいなくて、だから画面の中のミナトさんがとても新鮮で。クラスの男子と同じ年なはずなのにずっと大人びてるし、私のことをいやらしい目で見てくる人たちとも違う。本当に王子様みたいな人だなって」
「そ、そうなんだ。……ありがとう?」
正面切って王子様とか言われるとやっぱりこう、照れる。
それにしても僕そんな大層なキャラじゃないと思うんだけどな。普段の姿を知ってる妹とかには結構ボロクソに言われるし。
「トークショーに行くことになったのも、弟が私がミナトさんのことが気になってるのに気付いてたみたいで。ベルトを受け取るのを駄々捏ねたのも私が代役になるようにあの子が気を利かせてくれたんだと思います」
そうだったのか。随分姉想いの弟くんだ。
まあご両親の代わりに面倒を見てたって言ってたし、メイサさんの苦労を考えたらそうもなるのかな。
「でも本当はあの時、私ミナトさんのことがすごく怖かったんです」
「え。僕、態度悪かったりした?」
「いえ、そうじゃなくてミナトさんも男の人じゃないですか。だから他の男の人みたいに私のこといやらしい目で見てきたらどうしようって思って」
なるほどそういうことか。
半年前の僕がなにか失礼でもしたのか心配したけど杞憂だったみたいだ。
「ステージに上がったら、ミナトさんが『もしかしてお姉さんですか、お綺麗ですね』って声かけてくれて。だけど緊張し過ぎて声が出なくて頷くと『緊張しますよね。分かります、実は僕も声が震えちゃって大変なんですよ』って私を安心させるように優しくおどけて。さっきまで何百人ってお客さんの前で堂々とトークしてたのに」
両手を合わせて目を合わせ、大事な思い出を愛しむようにメイサさんは語った。
「それでベルトを受け取ってステージから降りようとしたら、ミナトさんは私にウインクして『またね』って言ってくれて。最初から最後まで画面の中の私の王子様そのままで……その時に私、本当の意味でミナトさんのファンになったんだと思います」
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