窓際のモブAはファンと交流する


「はい、どーぞ」


 変身ベルトに『月城ミナト』と崩した文字で書いて渡すと、メイサさんはまるで宝物を貰ったように目を輝かせた。


「わあっ、本物だぁ~! ありがとうございますっ、ありがとうございます! 私絶対に家宝にしますから!」


「あはは、大げさですって。僕なんてそんな大したことないから」


 メイサさんがあんまりにも喜んでくれるもんだから、なんだか擽ったくてそう返すと彼女は信じられないとでも言いたげに目を大きく見開いた。


「えぇ~!? それ自己評価低すぎですって、私の学校の女の子なんて皆ミナトさんの話ばっかりなんですから! もしミナトさんがウチに通ってたら大変なことになっちゃいますよ?」


「……へ、へぇ~。そうなんだぁ」


 実は同じ学校の同じ学年に通ってるって知ったらどんな顔するのかなぁ。いや教えるつもりはないけど。


「そうなんです! まあミナトさんって超イケメンだし、今は演技だってすっごく上手くなって月9の顔だから当然って言えば当然ですけどっ。――あ、ライダーやってた頃が下手って言ってるわけじゃないので。あの初々しい感じも中学生っぽさが出てて良かったですし」


 しかし演技で食べてこそ俳優とは言うけど、現実はそう簡単じゃない。

 いま売れてる若手俳優のほとんど、とくに僕みたいに特撮ルートを通ったタイプは例外なく俳優というより半分アイドルみたいな扱いを受けることになる。ちょうどメイサさんが僕にしてきてるみたいに。

 ライダーの出演俳優でトークショーを開けば子供番組のはずなのにお客さんの多くは女の人だし、ファンレターも子供よりそのお母さんから送られて来た物の方がずっと多い。


「そういえば、ライダーで思い出したんですけどミナトさんって歌も上手いですよね。23話で挿入曲カバーした時の。あれって練習とかしたんですか?」


「いや、急遽歌うことになって一回カラオケに練習に行ったけど、それくらいかな」


「それであんなに上手いんですか!? 嘘、そんなの反則ですよ。もうファンのこと殺しに来てるじゃないですかぁ」


「いやいやいや、凛さん(ダブル主演の相方役の俳優)と比べたら僕なんて全然。収録した時もすっごい助けてもらったし」


 最初こそ理想と現実のギャップに困惑していたものの、それでも不思議なもので目の前の仕事を必死こなしていく内にいつの間にかアイドル扱いされることを当然のように受け入れている自分がいた。


「もちろん凛さんも凄いですけど凛さんって元々プロのバンドマンじゃないですか。こう言ったらなんですけど……なら上手くて当たり前っていうか。でもミナトさんは違うんですよね? それであれって凄いですよ! いつかミナトさんにアーティストデビューして欲しいなぁ、絶対オ○コン一位狙えるのに」


 とはいえこうして目の前で自分のファンから、しかもメイサさんみたいな美人さんにこうも褒めちぎられ続けると流石に僕も照れるっていうか、なんか落ち着かない。


 そもそもメイサさんこの人ってこんなによく喋るタイプだったのか。

 学校で話したことないし人となりなんてこれっぽっちも知らなかったけど、まさにモデルって感じのクールな見た目とか告白されてもバッサリと切り捨てるって噂からあんまり人間味がなくて冷たいヒトなのかなって思ってた。


「ま、まあ機会があったらってことで。――それより、メイサさんってなんでライダー見ようと思ったんです? リアタイならその時って中学生でしょ。あんまりそれくらいの女の子が見てるイメージないけど」


 だけどいざ口を開いてたらむしろ人間味しかない。

 この感じはオタク気質っていうか、好きなこと語らせると止まらないタイプっぽい。

 僕のことが好きなのは分かったけどさっきから押されっぱなしで圧倒されちゃってるしどうにか流れを変えようと話を振ると、メイサさんは当時のことを思い出しているのか視線を上に上げた。


「たしかに周りの子は見てなかったかなぁ……けどウチは歳離れた弟がいるから、それで」


「なるほど。弟くんが特撮好きなんだ」


「はい。両親がいつも忙しくて朝は私が弟の面倒見てるんですけど、弟に付き合ってライダー見てたら新作の主役がミナトくんだったって感じで」


 僕も二個下の妹がリモコン離さなくて毎週プ〇キュア見るの付き合わされてたし、似た感じかな。残念ながら僕はプ〇キュアにはハマれなかったけど。


「でも、ミナトさんのファンだなーって自覚したのはまた別の理由なんですけどね」


「え?」


 話の流れ的に弟に付き合ってライダー観てる内に自然とライダーを、っていうか自分で言うのちょっと恥ずかしいけど僕のことを推すようになった流れなのかなって思ったけどどうやら違うらしい。


「実はこれ他のベルトとちょっと違うって気付きましたか?」


 そう言ってメイサさんはさっきサインしてあげたばかりのベルトを僕によく見えるように掲げた。

 バックルの部分にメモリースティックが差し込めるようにデザインされているソレは、僕自身がダブル主役を務めていたライダーシリーズの変身ベルトだ。

 TV放映に合わせて全国のホビーショップで販売されて、上機嫌な担メーカーの担当さんから売り上げは好調だとは聞かされてたけど。


「あれ? こんな感じだっだっけ……」


 メイサさんに言われてよくよく観察していた僕は、なにか違和感を覚えた。

 劇中に登場しているベルトと市販品はデザイン自体は同じだけど、あくまでも子供向けのおもちゃだしコスト面とかの事情もあって、悪い言い方をすると安っぽい作りになってる。

 だけどこれはもっと高級感があるっていうか撮影の時に使ってた本物のベルトに近い感じがする。


 彼女の期待通りのリアクションだったかは知らないけど、頭からハテナマークを浮かべる僕にメイサさんはさらに畳みかけてきた。


「去年の年末にミナトさんが出てたライダーシリーズのトークショーがありましたよね? キャスト全員と一緒に振り返りしようって」


「ああ、うん。僕も出たんでもちろん覚えてるけど」


 あの時はライダーの影響で爆発的に僕の人気が出始めてた頃で、年末年始にかけての特番なんかにもお呼ばれして大変だった。

 そんな目まぐるしいスケジュールの中で、シリーズが最終回を迎えてから数か月ぶりにキャストの皆と会えて嬉しかったのを覚えてる。


「実はこのベルト、そのトークショーのクイズコーナーの賞品だったんですよ。記念に作った特別仕様だとかで」


「あ~っ! あったあった! 優勝賞品だっけ」


 そう言われて思い出した。

 たしかトークショーに来てくれたお客さんの中でも子供だけが参加出来るクイズコーナーがあって、そこで司会が出題した問題に対して正解するともらえる賞品の中にベルトもあったはずだ。


「実は私も家族と一緒に参加してたんです。弟がどうしてもって両親にねだって、イベントごとに家族で参加する機会なんてあんまりなかったのでせっかくだからーって。両親はライダー観てないからちんぷんかんぷんな顔してましたけど」


「へぇ……けどベルト持ってるってことは、弟くんがクイズ優勝したんだ」


「弟は筋金入りのライダーオタクなので。家族みんなそういうタイプじゃないから、誰に似たのか不思議なんですけどねぇ」


 いやさっき僕について語ってた感じを見ると、少なくともお姉ちゃんには似てると思いますけどね。


 それはともかく、そこまで情報が付け足されると薄らぼんやりとしていた半年ちょっと前の記憶が蘇ってきた。

 たしかそのクイズの優勝者にベルトを渡す役は僕だった。

 優勝したのは見るからに気弱そうな可愛い男の子で、司会の人が壇上に呼んだけど恥ずかしいのか隣の席の人にしがみついて中々来ようとせず、結局は進行の都合で代わりの人に渡して――


「あ」


 ……そっか、そうだったんだ。

 なんかさっきから遠回しに匂わせくるなーとは思ってたけど。


「ふふっ、思い出しました?」


 あの時、男の子の代わりに壇上に上がって来た女の子。

 その顔はいま僕の目の前で微笑んでいるメイサさんと同じ顔をしていた。


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