窓際のモブAは撮影をする
「メイサちゃんミナトちゃん、そのまま視線こっちにちょうだ~い!」
リルコさんの指示通りにカメラの方を向くと、パシャパシャとシャッター音が連続してなる。
そしたらまた別のポーズを取ってシャッターが切られる。
その繰り返し。
モデル撮影はとにかくスピーディーで息つく暇もなくて、普段のドラマの撮影現場とは全然違う。
ドラマの撮影は1カットの比重が思いから失敗出来ないってプレッシャーが大きいけど、そういう意味だとこっちは1枚あたりの精神的な負担は小さい。
その代わり細かい台本がないからカメラマンと撮りたい『絵』とすり合わせるのがとっても大変だ。
どっちにもそれぞれの難しさがあってやりがいがある。
僕は俳優が本業でモデル業はにわかでしかないけど、たまに舞い込んでくるこの仕事が結構楽しみだった。
「メイサちゃんはも~少しミナトちゃんに近付ける? それだとちょっと距離が遠いわ」
「は、はいっ」
「それとミナトちゃんはそんな他人行儀な顔してちゃダメよ。今の二人は恋人同士なんだから、もっと恋人に向けるような顔をしなくっちゃ」
「えっと、こうですか?」
「う~ん、もっと蕩けるような目でメイサちゃんのことを見つめられる? そうね……月9でミナトちゃんがヒロイン相手に演じてる時みたいな感じでお願い」
今回の撮影テーマはデート中の恋人同士。
メイサさんと僕は歳も同じで身長差も理想的だし、これはさぞいい写真が期待出来るかと思いきや撮影は難航していた。
というのも今日の僕は絶不調で、リルコさんの指示通りに出来ず何度もダメ出しされていたからだ。
「違う違うっ、また表情が硬くなってるわよ。そうじゃないってさっきも言ったじゃないの! ……どうしたのミナトちゃん、いつもならこのくらいは簡単にこなしてるでしょ?」
「す、すみません。いつも通りにやってるつもりなんですけど……なんでかダメで」
リルコさんが厳しいんじゃない。
いつもなら自然と出来てるはずのことが今日に限っては出来てない。
「もしかして体調でも悪かったりする? 急に呼び立てちゃったし」
「いえ身体は全然大丈夫です。ただ本当に、自分でもなんで出来ないのかが分からなくって……」
ダメ出しされて、ちゃんとやらなきゃって思うと焦ってもっとダメになって、またダメ出しされて――最悪のループに嵌っちゃってるのが自分でも分かる。
でも抜け出せない。前はどうやっていたのかその感覚が思い出せない。
「うう~ん、どうしたもんかしらねぇ」
リルコさんは暫く考え込んでいたけど、なにか思い付いたようでパンっと両手を打ち合わせた。
「ん、ちょっと休憩にしましょう」
「え?」
「休憩よ休憩。聞こえなかった?」
やっぱり僕の聞き間違いじゃなかったのか。
でも休憩って、撮影長引かせちゃってる僕が言うのもなんだけどそんなにのんびりして大丈夫だっけ?
「百合ちゃん、ミナトちゃんがドラマの撮影で上がるまであとどれくらいあるかしら?」
「そうですね……ギリギリまで引っ張って、あと40分くらいなら」
「そう。じゃあミナトちゃん、15分くらいどこか気分転換に行ってらっしゃい。戻って来たら撮影再開ってことで。メイサちゃんもそれでいい?」
「は、はい。私は構いませんけど」
チラっとメイサさんが僕を窺うように視線を向けて来る。
休憩したところで僕が使えるようになるのか心配されてるのかな。今のところ彼女の足を引っ張ってるだけの身としてはごもっとも過ぎてなにも言えない。
にしても15分休憩って、じゃあ残り30分も撮影時間がないじゃないか。
今の僕にはそんなに時間を無駄にする余裕なんてないのに。
「リルコさん! 僕ならまだやれます!! 休憩するくらいならその分だけ撮影した方が――あだっ!?」
リルコさんに直談判して撮影を続けてもらおうと思ったんだけど、突然おでこに鈍い痛みが走った。
「痛たたた、リルコさんなにするんですか!!」
何事かと思えばリルコさんがデコピンを構えた手を僕に向けていた。
「そんな煮詰まりきった頭のまま撮影続けたっていい写真なんか撮れっこないわよ。大人しく一回頭冷やしてきなさい。……それともまだワタシのデコピンを食らい足りないのかしら? 今のは手加減で左手だったけど、右手ならビール瓶くらいなら割れるわよ?」
「ひえっ」
これ以上うだうだ言ったら冗談じゃ済まなくなりそうなので、僕は大人しく従って退散したのだった。
***
にしても急にどっか行って来いってこのへん詳しくないんだよなぁ。しかも15分しかないから外を出歩くにはちょっと心もとない。
となるとあとは建物の中を散策するくらいだ。
今日来ている撮影スタジオは、正確に言うと館内の一部を撮影スタジオとして貸し出しているホテルだ。
ホテルとして営業しているだけにかなり大きくて、エントランスで館内マップを見たらなんと6階に空中庭園まであった。これはもう行ってみるしかないでしょ。
意気揚々とエレベーターに乗り込んで6階のボタンを押した僕を待っていたのは、ここが都心の一角だと忘れてしまうくらい色とりどりの花で溢れた空間だった。
「……凄い。本物の花畑みたいだ」
花の種類なんてこれっぽっちも知らないけど、それでもどっかで見た覚えがあるようなオレンジ色のタンポポにちょっと似ている花とか、植木鉢に植えられた鮮やかなピンク色の花だとか、とにかくたくさんの花が咲き誇っている。
満開の花で埋め尽くされた生垣が迷路みたいになってたり、アーチ状の骨組みに花を巻き付けた芸術作品みたいなのもあったりしてとにかく見応えがあるもんだから、夢中になって空中庭園を見回っていたんだけど――そのせいで僕は全く気が付かなかった。
「ふふっ、ミナトさんってお花好きなんですね。もっとクールな人かと思ってたから可愛い一面があってちょっと意外です」
なんだか微笑まし気な顔でこっちを見てくるメイサさんの存在に。
「……あの、いつからそこに?」
「えっと5分くらい前かな? ミナトさんが6階行きのエレベーターに乗るのが見えたので、ここかなって」
うん、それってほとんど最初からですよねー。
なんでナチュラルに僕のこと尾行してたんだこの人。
正直あんまり関わりたくないんだけどなぁ。
クラスが違うから話したこともなかったけど、もし万が一メイサさんが七海湊斗(モブA)のことを認知していたとしたら月城ミナト(僕)との接点に気付かれちゃうかも知れない。
だから警戒していたけど、どうやら彼女がここにいるのはちゃんとした理由があったらしい。
「実はリルコさんから頼まれたんです」
「リルコさんに?」
「はい。きっとミナトさんの不調には私が関係してるから、二人で話して来いって言われて」
……どういうことだろ?
あくまで僕の不調は僕自身のいたらなさが原因で、メイサさんにはなんの責任もないはずだ。リルコさんはなんだってそんなことを彼女に言ったんだろう。
その理由についてメイサさんは聞かされてないみたいだったけど、続けて意外なことを口にした。
「あと個人的にミナトさんには前からお願いしたいことがあったので、今がチャンスかなーって」
そう言いながらも肩にかけていたバッグを漁っていたメイサさんは、中から何かを取り出した。
「それって……変身ベルト?」
それは所謂『仮〇ライダー』の付けてるアレだ。なんでそんなものをメイサさんが持ってるんだろう。
しかもこのデザインってもしかして。
「あのっ、ミナトさんがニチアサに出てた時からファンでした! 良かったらベルトにサインしてくださいっ!」
一年前、僕が付けていたのと同じベルトを差し出してきたメイサさんは、まさしく推しを目の前にしたファンの顔をしていた。
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