窓際のモブAは仕事に行く
月城ミナト。
若干中学生でニチアサの特撮番組で主役に抜擢され、巧みな演技力と類い稀なルックスで女性層を中心に支持されて大ブレイク。いまや月9の顔となっている若手人気俳優。
その正体はなにを隠そうこの僕、普段は冴えない窓際の『モブA』な
ちなみに『月城ミナト』って言うのはただの芸名ってわけでもなくて、月城姓は僕にとって書類上の本名でもある。
どういうことかと言うと『七海』は死んでしまった僕と妹の両親の姓で、『月城』はそんな僕らを養子にした義理の母親である月城
そんな経緯で僕と妹には二つの名字がある。
本当は養子になったら名字を変えなくちゃいけないんだけど、今までずっと使ってきた名前を変えるのは父さんと母さんを忘れちゃうみたいで、玉青さんに相談してみたら学校側に掛け合ってくれて普段は七海姓をそのまま使えることになった。公式な書類とかではちゃんと月城になってるけどね。
だから変装さえしてしていれば月城ミナト=七海湊斗だって気付く人はまずいないはずだ。
まあそもそもの話、芸名をわざわざ月城にしなければよかったんだけど……これにも色々と事情があって。
話すと長くなるからそれはまた今度にしよう。
「ミナトちゃーん、待ってたわよーん! あらあら相変わらずイケメンさんね~」
今日の一つ目の現場である撮影スタジオに入ると、顔馴染みのカメラマンさんが僕を出迎えてくれた。
「お久しぶりですリルコさん。前に会ったの三ヶ月くらい前でしたっけ」
「そうねぇん、あの時はまだ中学生だったミナトちゃんが高校生になって、しかも月9で主役でしょー? ワタシびっくりしちゃったわよん」
「僕が一番驚いてますよ。こんなに運が良くていいのかって」
この筋骨隆々でオネェ口調のおじさん、もとい
見た目のインパクトで初めは面食らうかもしれないけど、こう見えてファッション業界では知らない人はいないという凄腕だとか。
はじめて一緒に仕事をさせてもらった時になんでか気に入られて、それから何回か臨時のモデル仕事に声をかけてもらっていた。
「それにしても今日は随分急でしたけど何かあったんですか?」
「うう~ん、それがねぇ……」
百合さんの言っていた飛び込み仕事というのがこの撮影だったけど、いつものリルコさんならこんなタイトなスケジュールを押し付けたりはしてこないはずだ。
それが不思議で聞いてみたら、リルコさんは苦虫を噛み潰したような顔で説明してくれた。
「元々使うモデルは両方決まってたんだけどね? 男のモデルがなっかなか見ないレベルの最っ低野郎でねぇ。スタッフを顎で使うわ、なにより相手役のモデルの娘に言い寄ってセクハラまがいのことしたりもうやりたい放題だったのよ!」
うわっ、そんな人いるんだ。スタッフさんとか共演者に嫌われたらこの業界干されて終わりなのに。
「意外といるわよぉ? まだ若い内から承認欲求と自己顕示欲を満たされて、天狗になっちゃうコって多いから」
「ああ~。たしかにそういう話は現場のスタッフさんから聞かされたことあります」
「ま、大抵はすぐに業界から追い出されて消えちゃうんだけどねぇん。ただ、今回は運悪く消える前のに当たっちゃったってわけ。ミナトちゃんも気を付けなさい」
「……はい」
その言葉は痛いほど僕の胸に染みた。
自分で天狗になってるつもりはないけど、周りから見たらどうかは分からないし気を引き締めないと。
「それで結局、そのあとはどうなったんですか?」
「う~ん女の子がかなり嫌そうにしてたし、流石に目に余ったからね。ワタシ直々にスタジオから叩き出してやったわ。――けどなんせ突然だったもんだから、代わりのモデルが捕まらなくってね」
ああなるほど、そこで僕に繋がって来るのか。
「そ。もう玉青ちゃんのトコくらいしか頼れなくって。ゴメンなさいねぇ、急に無理言っちゃって」
「いえいえ、リルコさんにはお世話になってるんでこれくらいは。少しでも恩返し出来るなら嬉しいですよ、いつもありがとうございます」
それはご機嫌取りじゃなくて僕の本心だ。
さっきのアドバイス含め、今の月城ミナトがあるのはリルコさんのおかげなところが大きいし。
だから素直に感謝を伝えたつもりなんだけど、まさか感極まったリルコさんに抱き着かれるとは思わなかった。
「ミナトちゃん! アナタはホントなんていいコなのっ! あの糞男にミナトちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわぁ~」
「わっぷ。ちょ、苦しいですってリルコさん」
僕も背はそれなりにある方だけどバスケ選手並のリルコさんと比べたら大人と子供だ。
厚い胸板に顔を押し付けられて、筋肉っ、筋肉がぁ……!
「はいはいそこまで。リルコさん、ウチの看板役者を潰さないでください」
「あら百合ちゃんもお久しぶりねぇん。失礼しちゃうわ、そんなことしてないったら。ねぇミナトちゃん?」
……いえ、こっちは危うく窒息しかけましたけどね?
ともかく百合さんのおかげでリルコさんから解放された僕は、早速仕事の準備に取りかかった。
まあ準備と言ってもスタイリストさんやメイクさんの出番で僕自身はやることもなく、されるがままに髪型とメイクを整えられ、今日の衣装を着せられてメイクルームから送り出された時にはいつもより五割増しでイケメンに仕上がった僕がいた。
つくづく思うけど何回経験してもプロの技って凄いよね。
スタジオに戻るとリルコさんが誰かと話をしていた。
「戻りました。すみませんお待たせしちゃって」
「あらミナトちゃんお帰りなさい。うん、ワタシの見立て通りよく似合ってるわね。どんな女の子も惚れちゃうくらいに素敵よ?」
「いやいや誉め過ぎですって。それより、そっちの方って今日のお相手ですよね? 初めまして、スタークラフト・プロダクション所属の月城ミナトです。今日はよろしくお願いしますね」
僕視点だと大柄なリルコさんの身体でちょっと隠れてちゃってるけど、近付く時に漏れ聞こえてきた声は女の子のものだった気がする。
「あら、いつの間にか挨拶もスラスラ言えるようになっちゃって。こっちも負けてられないわよメイサちゃん」
「はい」
リルコさんに促されて姿を見せたその少女に、僕は目をみはった。
「こちらこそ初めまして月城ミナトさん。ソレイユ・プロモーションに所属してる、『メイサ』です。本日はよろしくお願いします」
鮮やかな金髪に蜂蜜を垂らしたようなやや褐色の肌。
意思の強そうな大人びた整った顔立ち。
手足はすらりと長くて腰はきゅっとくびれ、それでいて胸やお尻は盛り上がっている日本人離れしたスタイルの良さ。
中でも何よりも目を惹くエメラルドに輝く不思議な色合いの瞳。
ここまでの美人さんは日本中の美形が集まる芸能界でも中々お目にかかれないレベルだろう。
だけど僕が驚いたのはそこじゃなくて、彼女の顔と名前に覚えがあったからだった。
(え……な、なんでこんなところに!?)
僕の表の姿である七海湊斗が通う城戸大学附属高等学校には、高校に入学してからの二ヶ月で100人に告白されたとかいう、嘘だかホントだか分かんない伝説(笑野くん調べ)を持つ超絶美少女がいる。
それこそが彼女、弟切メイサさんだ。
その美貌を買われて現役のモデルをしてるとは聞いてたけど――それにしたってまさか同じ現場になるなんて。
「ミナトさんってわたしと同じ15歳なんですよね? 同い歳で活動してる人って身近にあんまりいなくって。よかったらこれから仲良くしてください」
「は、はぁ……どうも」
満面の笑顔で差し出されたメイサさんの手を、僕は顔が引き攣りそうになりながらなんとか握り返したのだった。
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