窓際の『モブA』は正体を隠したい。

宮前さくら

窓際のモブAは正体を隠したい


「ねっねっ! 昨日の夜って見たー?」


「見たよ、ウソコイでしょ。ミナトかっこよかったね」


「ねー! 最後の告白シーンとか尊すぎて無理ぃ。……もし私があんな風にミナトから告白されたら泣いちゃうなぁ」


「あはは、じゃあ100%ないから安心だね」


「なにおう……?」


 教室の前で盛りあがっているその会話が気になって、こっそりと様子を伺っていると誰かに肩を叩かれた。


「おっすナーナミン。なにしてんの?」


「うわっ! ……なんだ笑野くんか」


「なんだとは失礼な。ナナミンが相変わらず窓際で黄昏てるから声かけたってのにさ」


 ワックスでばっちりキメられた夏休みに向けて染めたと言っていた金髪は不良みたいで一見怖そうだ。

 けど実際に話してみると意外にとっつきやすいのが僕の数少ない友達の一人である笑野くんだった。


「でー? 入学してからこっちガッコサボりまくりの不良くんがなーにしてたの。……ほほう、星川さんと藍沢さんね。いい趣味してんじゃん」


「いや違うから。そういうんじゃないって」


「そんな否定しなくても。ふたりとも一年の中じゃ人気高いし意識すんのもフツーだってフツー。……まあ流石に弟切さんには人気負けるけどさ」


 たしかに星川さんと藍沢さんは男子にかなり人気で、それより上となると笑野くんが言った『弟切さん』くらいしかいないだろう。

 でも弟切さんって聞いた話じゃ現役のモデルらしいし、一般人と比べるものじゃない気もするけど。

 ちなみにらしいってのは笑野くんに聞いた話で、僕自身はそういう事情に明るくないからだが――ともかく彼女たちを見ていたのは断じてそういう理由からじゃない。


「ホントに違うんだって。二人がウソコイの話してたからさ、それでちょっと気になっただけだよ」


「ああ~、あれか。オレも昨日見たよ? ていうかナナミンも見てるんだ、ああいうミーハーなの興味無さそうなのに」


「そんな人をおじいちゃんみたいに。いいでしょ別に、僕がなに見てたって」


 たしかに見てるというより、って言った方が正しいけどさ。

 でも本放送も毎回一応チェックはしてるから嘘じゃない。


「ニセコイ人気だよねぇ。しちょー率もバク伸びしてるらしいじゃん?」


「たしか前回で視聴率20%超えたんだったかな。ここ最近じゃ結構な快挙なんだってさ」


「はへー、すっご。社会現象って騒がれてるだけありますわ」


 今のドラマはゴールデン帯でも視聴率が出ないのは当たり前で、20%という数字は業界人目線でもかなりすごいことらしい。

 今のところ2023年の冬・春放送ドラマの中だとぶっちぎり1位で、去年の視聴率からするとこのまま行けば2023年全体の1位も見えるとか。

 そこまでの人気ドラマになった理由としては監督さんはもちろん脚本家さんや演出家さんに衣装さん等々、スタッフの皆さんの頑張りあってのことだと思うけど、


「でもやっぱ、主役に『月城ミナト』使ってるのが一番デカいよねー。今めっちゃ話題だしさ。クラスの女子とかみーんなミナトに夢中だし」


「っっ!!」


 月城ミナト。


 デビューして一年そこらで月9の主役を掴んだ新進気鋭の若手俳優。

 その名前に反応して思わず身体をびく付かせると、笑野くんに目敏く気付かれた。


「どったのナナミン。なんかあった?」


「……イエ、ナンニモナイデスケド」


「なぜにカタコト。やっぱナナミン変だってさっきからさー。……あ、分かっちった」


 え、なにが分かったって?


「そっかそっかー、あのナナミンがねー。オレ驚いちゃったなー」


 まさか。

 いやいやそんなわけ。

 ……いやでも、ホントに有り得ないとしか言いようがないけど、万が一笑野くんが僕のに辿り着いたって可能性はゼロじゃない。

 もしそうだとしたら周りに聞かれる前に何とかして口を塞がないとヤバい……!


「ちょっと待っ――」


「月城ミナトと名前おんなじだから意識しちゃったんっしょー! あ、それでさっき星川・藍沢コンビに自分の名前呼ばれたと思って見てたんだ。こ~れ当たりです」


 その答えは当たらずも遠からずというか。

 張り詰めていた緊張が溶けて、僕はへろへろと力なく机に突っ伏していた。


「あり、違った?」


「……そりゃ『ミナト』と『湊斗』で名前の読みは同じだけどさ。僕とは全然違うじゃん」


 自分で言うのもなんだけど、今の僕の姿とテレビの中の月城ミナトを見比べて似ているなんて言う人がいたら見てみたい。

 だってのに名前が同じって共通点だけで惜しいとこまで当ててくるんだから笑野くんの勘は馬鹿にならないなぁ。


「そっかなぁ、ナナミンってスタイル良いし背格好は同じくらいだから磨けばイイセンいくと思うんだけど。……その野暮ったい髪型とだっさい眼鏡やめればだけど」


「い・や・だ。いいんだよ僕はこれで。目立ちたいわけじゃないし、今まで通り窓際の『モブA』でよろしく」


「前から思ってたけどなんなのその謎の拘り……」


 素顔を隠せるだけの長さを保ちつつセットする時には邪魔にならない髪型は妹が考えてくれた。

 そのおかげで学校では今のところ目立たずに平穏な生活を送れている。

 この定位置の窓際席で、クラスにいてもいなくても変わらない差し詰め『モブA』役を演じられればそれ以上は望まないんだけどーーなんでか笑野くんはそれが我慢ならないみたいだ。


「な、一回だけでいいからさ。試しにワックス付けてみよって。髪の毛のほんの先っちょだけ、先っちょだけだから!」


「言い方なんか怪しくない? だからいいって僕は……てか、そのワキワキさせてる手なに?」


「HAHAHA、分かってるくせに~!」


 ワックスを塗りたくった手を掲げてゾンビみたいに迫ってくる笑野くん。

 好きにさせるわけにはいかないから必死で抵抗したけど、狭い教室の中で暴れてたらそりゃ目立つわけで。


「なになに。なんの騒ぎ?」


「笑野くんが、えっと……七海くん? に無理やりヘアメイクしようとしてるみたい」


「へぇ~。そういや俺、まだ七海と話したことないかも」


「あっ、俺も俺も。てか、それ以前に七海の顔ちゃんと見たことないわ。失敗した米○玄○みたいな髪型だしさ」


「意外とイケメンだったりしてね~。頑張れ~笑野く~ん。七海くんに負けるな~♪」


 ……マズイ。


 いつの間にかギャラリーがめっちゃ増えてる。

 しかもスマホのカメラを向けてくるクラスメイトもいて、こんな状態で僕の素顔がバレたりしようもんならもう誤魔化すのは無理だ。

 それに、


「ナナミンッ……スマホ鳴ってるけど、出ないの……?」


「一回っ、休戦にしない? 手離してくれたら、電話出れるんだけどなぁ」


「ははっ、冗談」


「ですよねぇ!」


 くそっ、聞く耳持ちやしない。

 こうなったら多少は目立っちゃうのも仕方ない、か。


「ごめんね笑野くん」


「おうわっ!?」


 言うが早いか、僕は笑野くんの足元を軽く払った。

 体勢を崩して倒れ込む笑野くんが頭を打たないように、手で引っ張ってお尻から床に軟着陸させる。

 まさか殺陣の稽古で習った崩し技をこんな形で使うことになるなんて。


 パチパチと目をしばたたかせている笑野くんが怪我してなさそうなのを確認して、僕は騒然とする周囲の目線を振り切って教室から逃げ出した。

 これ明日が怖いなぁ、あの状況から手早く抜け出すにはこうするしかなかったけど。


「おう、どうした七海。午後の授業もう始まるぞ?」


 廊下で現国の米田先生に呼び止められたけど、生憎と止まるわけにはいかないのだ。


「早退します! 急用が出来てしまったので」


「あ、おいコラ待ちなさい。七海っ!」


「すみませーん! あとは担任に聞いてくださーい!!」


 背中に米田先生の怒声を浴びつつ生徒玄関まで急ぐ。

 教室に戻るのが気まずくて付いた嘘ってわけじゃなく、僕には本当に用事があった。

 迎えが来るまで教室で時間を潰していたらとんだ騒ぎになっちゃったけど。


 内履きから履き替えて外に出ると、校門の前に見慣れた黒塗りのバンが停められていた。

 慌てて駆け寄って後部座席に乗り込むと、「シートベルトを!」と鋭い声が運転席から飛んできた。

 言う通りにするや否や、急発進で車が動き出す。どうやら随分と急いでるらしい。


「ごめんなさい百合さん、遅れちゃいましたか?」


「いえ時間通りです……が、ついさっき立込みの仕事が一本追加で入りまして。すみません久し振りに登校できたのに」


 ハンドルを握ったまま苦々しい表情で答えたのは鬼頭百合さん、僕のマネージャーをしてくれてる女性だ。


「謝らなくてもいいですよ、忙しくなるのは分かってましたから。でも二重生活は大変になってきたなぁ……主に単位とテストが」


「ああ、それはどこかでスケジュールを調整しないとですね。微力ながらテスト勉強の方はお手伝いはできますよ? こう見えて教員免許を持ってるので」


「あはは、その時はお願いします」


 軽口を叩きながら僕はかっちり着込んでいて制服をラフに着崩すと、校内ではずっと掛けていた眼鏡を外した。

 どんな近視が付けるんだってくらいぶ厚いレンズの古臭い眼鏡だけど伊達だからどのみち問題ない。

 鞄からワックスを取り出して暖簾みたいに垂れていた重たい前髪を軽くセットしていると、百合さんが感嘆したといった様子の感想を漏らした。


「何度見ても驚かされますね、湊斗くんの『変身』には」


「そんな大したもんじゃないですって。まあ今のところ誰にもバレてないですけど」


「それもそうでしょうね、この変わりようですから。湊斗くんのクラスメイトだって夢にも思わないでしょう、まさか――」


 車のバックミラーに反射している、後部座席に座る僕の姿。

 それは昨日の夜、テレビドラマで主役を演じていた人気俳優と全く同じ顔をしていた。


「同じクラスにだなんて」








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