其の六『心中』
地獄のような雰囲気と、脱落した人の多さを原因に、プチ同窓会は修羅のように終わりを迎えた。ミノルは茫然自失のまま帰路に立っていた。
帰路――ヒナミのところへ帰るのか。ミノルはどこかで、武田の言葉を気にしていた。
武田は救いようのない陰湿な男で、彼の言葉には何の価値もない。しかし、あれだけ直球に悪意や憎悪といった感情をぶつけられるのはなかなかないことであった。
武田はそれだけ、ミノルに深い嫉妬を抱き、卒業した今でもなお、胸の中にその嫌悪の残り香を宿していたのだ。
ミノルは、もはや自分の在処が分からないような気持ちだった。武田がどう、ではない。興味もなかった女と逃避行しようとしたのは、ミノルが精神的に限界を迎えていた証拠なのかもしれない。
ミノルはポケットから携帯電話を出した。ヒナミの声が聞きたかったような気がした。しかし、結局なぜかブルーに電話をかけていた。
『もしもしー? どした?』
「ブルー……、」
『なになに、どうしたの。元気ないね?』
「ブルー、こないだ、イケメンと死にたいって言ってただろ?」
『――うん、私の将来の夢ね』
「……光栄に思え、一緒に死んでやるよ」
電話の先に、一瞬の沈黙が流れた。普段の、世の中を舐めきったミノルの態度との差に少々面食らっているようだった。否、このような夢を語った時点で、ブルーは、ミノルの〝こういう面〟に気付いていたのかもしれない。
「――だから、ブルー……、俺と一緒に死んでくれ」
「――――いいよ」
クジラ街を外れたところにある長い坂を上り、多少風情のある町並みの見えるところまで来ると出会える、『麦茶川』という川がある。可愛い名前だが、別名『人食い川』である。
真冬の麦茶川は水の冷たさも然ることながら、その流れの強さを特徴としていた。ミノルにはその原因が分からないが、変わった地形をした土地なので、何か理由があるのだろう。川は、町ひとつをまたぐ大蛇のようにも見えた。
ミノルとブルーは、その、真冬の麦茶川を眼下に見下ろしていた。岩をも砕くような強さの流れと、それに見合わぬほど綺麗で、透き通った、優雅な川の彩。それを見下ろして、
「ああ、死ぬにはいい日だ」
ミノルがそう呟いた。直後に、隣でブルーが吹き出した。
「ちょっと、軍人気取り? 違うでしょ、私たちはそんな崇高な存在じゃない。誇りも、権威も、尊厳もとっくに捨てた、負け犬でしょ、私たちは」
ミノルとブルーは手をつないで、その綺麗で、優雅で、気高く、暴力的で、殺人的な川に身を投げた。
――――――ぁ。
清らかな濁流によって、己の輪郭を見失った。肉も剥がれ、骨も砕かれるような、暴力的な水流に気が遠くなって、ついに、ついに、死ねるような気がした。
……しかし、ミノルは自分が息苦しいことに気付いた。本能的に、空気を欲しがった。しかし水流のあまりの強さに、水面に顔を出して呼吸することは叶わない。そして、結局、必死になってどこかを掴んだ。そのまま腕力を頼って、身を地に引き寄せる。
「……む、ん……ッ! ぷ、はぁ……‼」
やっとの思いで地上に這い出た。背の低い雑草で成った芝生の上に身を乗せた。
「は、あ……はぁ……はァ……」
急いで呼吸を整える。そして急いで何かを確認するように、川のほうを向き直った。
そこには、綺麗な暴力が流れていた。もう、川には川以外、何もない。
「死ぬかと思ったぁ……」
どうして、いまさら、生にしがみついたのだろう。
そんな困惑を抱えながら、水から身を引いて、ふらつきながら立ち上がった。
なにかを飲もうと思った。
とぼとぼと重い足つきで、自販機のあるところまで歩いた。意識が朦朧として、視界のピントが上手く合わないような感覚だった。まだ、酒が入っているのかもしれない。
自販機に小銭を入れてから、見上げた。ココアのところは、赤い文字で「売切」と光っていた。
ミノルは思わず、膝をついた。そして、出し抜けに泣き出した。なにも悲しいことなんてなかった。なにも辛いことなんてなかった。ブルーが死んだことも、悲しくなかった。けれど、ミノル自身もわけが分からないまま、ただ子どものように泣きじゃくっていた。泣き喚いていた。
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