第2話 ドアの修理の代わりに
「え……アッキ……これ何……? あれ、魔女だよね……?」
「俺が知りたいっての……」
動揺のあまり、今出てきたドアに寄り掛かる。その途端。
「うわっ」
「キャッ!」
二人同時に寄り掛かったせいか、あるいはどこかが脆くなっていたのか、そのドアはガシャンと音を立てて
「どうしよう、アッキ! 壊しちゃった!」
「ううん……とりあえず放っとこう。まずはここがどこかを調べなきゃ」
起き上がってショートパンツの後ろをパンパンと払いながら、里琴が「ねえ、あれ」と道を挟んだ向かいの家を指差す。そこには「カンテラ」と書かれた看板がかかっていた。
「カンテラって、確か明かりのことだよな? 前に何かのゲームのアイテムに出てきた気がする」
彼女と同じようにジーパンのお尻についた土汚れを落としつつ彰がゆっくりと店へと近づき、里琴も後をついていく。それは歩いているというより、吸い寄せられる、と形容した方が正しかった。
「ごめんください!」
ドアの上部についたベルがカランコロンと鳴る。入口の真正面にカウンターがあり、普通ならレジが置かれていそうだが特に見当たらない。店の左手には簡素な木製の棚があり、使い古された箒や杖、給食に出てくる
これは魔女の使う魔法道具だ。彰は直感的に理解した。小さいときに本の挿絵で見たものと、よく似ていたから。
それにしても店員が誰もいない。不用心にも店を空けているのだろうか。そんな疑問を、しわがれた声が打ち消した。
「はいよ。おやおや、珍しい客だね」
そして店の奥から現れた女性の姿に、彰と里琴はぽかんと口を開けた。
彼女は明らかに魔女だった。しかし、その見た目はイメージしていた魔女とどこか違う。
ツヤのある長い黒髪はポニーテールに。顔はおばあさんのようにシワがあるが、真っ黒な目はとても若く見える。黒ではなく、濃紺のワンピースを着てお腹の部分をベルトで縛っていた。とんがり帽子も濃紺で、差し色で赤い線が入っているのがオシャレだ。指にゴテゴテの指輪をたくさんして、なんとなく威厳を感じる。
彼女はもう一度「本当に珍しい客だ」と言ってニヤリと笑う。そんな彼女の肩の上に、するするっと何かが動いた。
「なんだお前ら、あっちの世界の人間じゃねえか!」
それは喋る猫だった。魔女の相棒はなんとなく黒猫のイメージがあったけど、目の前の猫は茶トラ柄。ピンと立てた尻尾を大きく膨らませている。
「あの、すみません。俺、栗本彰っていいます。こっちは大峰里琴。それで、あなたたちは誰ですか? あと、ここはどこですか?」
訊きたいことは山ほどあったけど、彰がまず口にしたのは絶対に知りたい二つだけだった。
「アタシかい? アタシは
真っ白い歯を見せて笑うジュラーネに、猫がふるふると首を振った。
「いやいや、大魔女だよ! この国の危機を何度も救ってるじゃないか! 数年前の火山噴火のときだって……」
活躍をとうとうと語る。どうやら本当にすごい魔女らしい。
そして話し終わると、猫は二人の方をキッと睨んだ。
「オレはジュラーネに飼われてるチャンプスだ。魔法で話せるようにしてもらってんだから変に驚くなよ? んで、ここはどこかって質問だったな? お前たちが普段住んでる場所と繋がっている並行世界だよ」
「並行、世界……」
里琴が復唱すると、チャンプスという猫はそうそうとばかりに頷いた。
「人間がいるのは変わらないさ。お前らの世界ほど文化は進んじゃいないけど、店もあれば医者もいる。大きく違うのは、人間と魔女が共存する世界ってことだな。魔女も人間から依頼を受けて魔法を使って助けてる。それで金をもらって生活してんだ。ああ、あとそっちにはいない動物とかも棲んでたりするな」
彰は「へえ」と相槌を打つ。学校の先生や農家と並び、職業の一つとして魔女がいるという感じなのだろう。
「ただまあ、お前らの世界と繋がってるっつっても、自由に行き来できるわけじゃねえ。魔女が魔法薬の原材料を取りに行ったりするために、何ヶ所かだけ入り口を作って移動できるようにするんだ」
「じゃあリンコ、あの店が入り口だったってことか!」
「だね! すごい、私たち、魔女の世界に来ちゃった!」
飛び跳ねて喜ぶ里琴を見て、彰も徐々に嬉しさを実感する。自分が昔から憧れていた魔法使い。その本物を目の当たりにして、胸の奥からワクワクした気持ちがせりあがってきた。
「あくまで魔女がそっちの世界に行くためのものだけど、たまにお前らみたいにこっちに来ちまうヤツらもいる。お前ら、どうせ向かいのあのドアから来たんだろ? 今日はあそこが入り口だもんな。さっさと戻って……ああああああっ!」
彰の遥か先、二人がやってきた場所を覗き込むようにしていたチャンプスが、一気に全身の毛を逆立てた。
「お前ら、ドア壊してんじゃねーか! アレじゃ戻れねーだろ!」
「えええっ!」
彰と里琴が完全に一緒にタイミングで叫ぶ。ジュラーネも壊れたドアを見たのか、「おやおや」と顔のシワを伸ばすように目を見開いていた。
「それじゃ俺たち、元の世界に戻れないってことですか?」
「修理すりゃあいいんだけど、少し時間もかかるし金も必要だな。ジュラーネ、どうするよ。こいつら一グルも持ってないだろ」
魔女は口元に手を当てて小さな声で唸る。おそらく、グルというのはお金のことだろう。
こっちの世界のお金なんか持ってないから、修理代を払えと言われても困ってしまう。とはいえ、元の世界に戻れないのはもっと困る。
不安で泣きそうになっていると、考え込んでいたジュラーネが「そうさねえ」と口を開いた。
「アンタたち、ここで働きなよ」
「働く? この店でですか?」
「そうだよ、どうせドアを直すには何日もかかるんだ。その間仕事を手伝ってくれれば、修理代にもなるだろう? 安心しな、元の世界に戻ったら日付はこっちに来たときのままさ」
彰は里琴と顔を見合わせた後、耳打ちする。
「どうするリンコ? 壊したんだから、やらないわけにいかないよな?」
その質問に、彼女はくすっと笑みを漏らす。
「ふふっ、アッキ、めっちゃ楽しそうだよ」
彼もとっくに気付いていた。自分の口元が、にまにましてしまってることに。
魔女の店で働ける。こんな経験、これを逃したら絶対にできない。
「分かりました、やります!」
「よしっ、決まりだ。アキラにリコ、オレがたっぷりコキ使ってやるからな!」
チャンプスは嬉しそうにヒゲをピンと伸ばした。
「それで、この店って何屋なんですか? 中古品屋?」
「はあ? 違うな、ここは魔女が客の、魔法道具の預かり銀行だ」
聞いたことのない店の名前に、二人は首を傾げた。
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