魔法道具の預かり銀行

六畳のえる

第1話 潰れた店から

「食らえっ! 火の魔法、フレイムインパクト!」

「なんの! 反撃の水魔法、トルネードウェーブ!」


 小学五年生、同じクラスの下校グループが、通りすがりの公園で幼稚園児が遊ぶのを見ている。見ている。と言っても実際にその戦っている男児を見ていたのは栗本くりもとあきら大峰おおみね里琴りこだけで。他のクラスメイトは先週発売したゲームの話に夢中だった。


「暑い! 梅雨もイヤだけど、暑いのもヤダなあ」

「な、プールだけ楽しみ」

「えー、女子は面倒だよ。髪もちゃんと乾かせないし」


 6月もいよいよ終わりが近づき、「ようやく俺の出番だ」と言わんばかりに太陽がアスファルトを照らす。一日中使ってすっかりクシャクシャのハンカチで顔や腕を拭きながら、みんなの話題は「夏休みに行きたい場所」に移っていた。


「俺は海だな。アッキは? どこ行きたい?」

「え、俺?」


 ボーッとしていた彰は急に話を振られたことにやや驚きつつ、しばらく考えてからポツリと呟いた。


「なんか、ワクワクすることしたい」

「ぶはっ、何それ! めっちゃ面白いじゃん!」

「アッキ、ワクワクって何よ!」

 ドッとみんなが笑う。でも彰にとって、それが一番ウソ偽りない本音だった。


「じゃあ、俺こっちだから、またな!」

「私も、また明日ね!」


 大きな交差点に差し掛かり、バラバラな方向に帰っていく。真っ直ぐ進むのは、幼稚園のときからの友人である彰と里琴だけだ。少し伸びた彰の短髪と、里琴のショート、二つの黒髪が並んで風に揺れる。


 黙って歩いていた二人だったが、母校の幼稚園の夏服を着た女の子がお母さんに手を引かれるのを見て、里琴は不意に口を開いた。


「……魔法かあ」

「え?」


 多分、里琴自身も無意識で言ってしまったに違いない。彰に聞き返されてから「あっ」と目を見開いた。何かごまかそうとしたのか、ちょっと口をもごもごさせていたけど、やがて観念したように鼻でフッと息を吐く。


「さっきの幼稚園児、魔法ごっこしてたの思い出してさ。その、魔法っていいなって」

 その言葉に、彰は思わず吹きだしてしまった。


「何、リンコ、魔法とか信じてるの?」

「信じてるわけじゃない! あったらいいなって言っただけでしょ!」

「そんなに怒ることないだろ」


 しばらく言い合いが続き、やや険悪なムードになって、少しだけ二人とも黙る。彰は歩きながら、自分が茶化したことを反省して「ごめん」と謝った。


「ううん、私もムキになっちゃってごめん。でも昔は魔法があると思ってたし、今でもあったらいいなと思ってるよ、魔法も魔女も」


 彼女の言葉に彰は昔を思い出す。そう言えば、二年生くらいまでは自分も里琴と魔法使い役になってよく遊んでたっけ。


「そうだな、俺も昔は好きだったよ」

「知ってる。アッキはめっちゃ魔法使い好きだったよね。ゲームでも、職業いつも魔法系しか選ばないんだもん」

「だってカッコいいだろ。魔法って聞いただけでワクワクする」

「ワクワク、かあ……そんな夏休みになるといいなあ」


 さっきの彰の言葉を里琴がなぞる。彰の心に幼稚園児の魔法ごっこが焼き付いて、あんな子どもっぽい答えを口にしてしまった。


「だよな、なってほしいよ」

 二人で微笑んでいた、その時だった。


 矢のような光が、ピカピカと輝きを放ちながら空を駆ける。まだ十五時、こんな日中でさえ一目で分かるほど眩しかったその光は、彰と里琴の進行方向に進み、やがて住宅街のどこかに落ちていった。


「ねえ、アッキ……今の見た?」

「ああ……UFOかな」


 突飛な考えを口走ってしまう。それでも里琴が笑わないのは、他に説明がつきそうなもっともらしいものが浮かばないからだった。


「リンコ、行ってみよう!」

「うん!」


 その会話を合図に、ほぼ同時に走り出す。やがて辿り着いたのは、看板も外れた、最近潰れたらしい小さなお店だった。ガラス張りなどではなく茶色い壁に囲まれているのに、外から見ても、お店の中で光っているのが分かる。壁に幾つもの電球を埋め込んだかのように、ボウッボウッと点いたり消えたりしていた。


「あ、ドア!」


 里琴が指した店の横には、入り口のドアがあった。何かが入ったかのように、誰かが入るのを待つかのように、少し開いた状態になっている。


「アッキ、入る? 危ないかな?」

「いいや、入ってみようぜ!」


 彰は威勢よく返事をして、その潰れたお店に向かう。その表情は、高揚感で微笑みに満ちていた。


「すみませ……」

「お邪魔しま……」


 ノブを回してドアを開ける。彰も、次に入った里琴も、最後まで挨拶することができなかった。


 お店の中に入ったはずなのに、外に出てしまった。その外の景色も、さっきまで二人が見ていたものと違う。道路はアスファルトではなく、土と石でできた舗装もないもの。歩いている人たちの髪の色は、黄・オレンジ・水色と図工の時間の絵具パレットのような色鮮やかさだ。遠くで電車の音が聞こえるし、古めかしいデザインの街灯には電気の明かりが灯っているが、マンションもなければ車も走ってない。


 そして何より驚いたのは空だ。何か、いや、誰かが飛んでいる。


 箒、黒い服、とんがり帽子。

 紛れもなく、魔女だった。

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