6w1h1r ⑤

 最近報道されている女児の暴行事件をいくつか引用しており、そのどれもに対して肯定的かつ逮捕を悲しむ内容が書かれている。将来的には娘を提供したかった、まさか逮捕されるだなんて。読むだけで気が滅入りそうになるような文言ばかりが並んでいる。そしてどうやら、あの赤子は女児らしい。母子手帳の一部がスタンプで隠されて投稿されていたが、名前は意図して投稿された様子だった。

 その呟きの返信欄は賑わっており、将来が楽しみ、早くて五年後ですかね? といった品のない文言が連なる。


「気持ち悪ぅ……。やっぱどこにでもいるんだね、こういう小さい子にばっかり欲情するような変態」

「ほんとですね。にしても赤ちゃんの頃から唾つけさせて、数年後からって考えがやばい。お前らが娘できても同じことすんのかよって感じじゃないですか?」

「いや、するって。するする。こういう変態は遅かれ早かれやるわよ」


 やだやだと首を振る野尻が、ナースコールを止めながら詰所を出ていった。志村はそれからも、アカウントの呟きやフォロー欄、いいね欄をスワイプしていく。ここ連日は女児暴行の事件関係への反応が多いけれど、一週間前に遡れば他のアカウントがモザイク処理をして投稿した女児画像を多量に拡散していた。

 拗らせた小児性愛者としての姿が映る。


“かわいがるだけ”

“キスした方がかわいくない?”


 拡散、引用後に続けて投稿されたそれらの文字列を見るだけで、胸の奥がぞわりと震える錯覚があった。スクロールしていく度、志村が感じる生理的な不快感は増していく。足元から這うような底冷えする不快感が、だ。休憩から戻った足立の言葉に、なんとなくの返事を済ませる。

 世が世なら、というか、世も末だと思ってしまう様相が、この携帯の中には映し出されていた。志村は好奇心のまま調べてしまったことを後悔しながらも、詰所へ戻ってきた足立に携帯の画面を向ける。


「見てください、これ」

「ん?」


 足立は志村の手から携帯を受け取り、目を細めて画面を見た。何度か顔や携帯を動かしピントを合わせた後に出てきた言葉は、「何これ、気持ち悪い」だ。携帯を突き返された志村も「そうですよね」と同調する。テーブル越し、正面に座った足立が重々しくため息を吐いた。


「まぁそれが、あの泣いてる子の親かどうかは分かんないけど、将来あの子が大きくなったとしてもしばらく携帯持たせるとか、不用意にアプリをダウンロードさせたりしないようにしないとだめだね」

「あー……たしかに? そこまで考えないとダメですかね」

「そうでしょ。あとは、そのアカウントは監視していくことにしましょう。いずれ、あの子を迎えに来るとかでトラブルになるかもしれないから」

「え、私がですか?」

「一応師長にも相談するけど、志村さんが今は見ておいてくれない?」

「はあ……わかりました……」


 続けて、「これからのことを、ね」と鋭い声に言われ、志村は嫌々ながらも「わかりました」と改めて返事をする。見つけてしまったのは間違いだったかもしれない。このアカウントを見つけさえしなければ、赤子の未来に対する漠然とした不安を感じることもなかっただろうし、解消されない不快感を抱くこともなかったはずだ。

 そして何より、見たくもないアカウントの監視をする羽目にだってならなかっただろう。携帯を閉じ、深夜帯の看護記録と観察項目のチェックを記載していく。数名分書いたころには、志村の中から赤子の親らしきアカウントのことはすっぽりと抜け落ちていた。つつがなく正常波と血圧の正常値を残す心モニターと、室内用の監視カメラ映像をちらりと見て、看護記録を書く。

 穏やかそうに眠るミヨとは違い、赤子はいまだに呻吟を続けていた。時折、助けて、苦しいと言葉を混ぜ込みながら。


 ◇


 それが起こったのは仮眠を取らないと、とぼんやり考えていた時だった。もやがかかったようだった志村の頭は、なにから鳴っているか分からないアラーム音を突き止めようと必死になっていた。ナースコールを受診したPHSの震えではなく、携帯から鳴っていると理解するのに時間はかからない。

 一分ごとに設定されたアラームが鳴り、スヌーズが起動し、また鳴る。怪訝な顔をする足立に平謝りをしながら、設定した覚えのないアラームをひたすら消していく。一際けたたましく鳴ったアラームに、志村も足立も動きを止めて一点を見た。

 ミヨの心モニターが、脈拍値が下限にあることを知らせる。維持されていたはずの循環機能が急激に低下していた。アラームを消音し、確認のため志村はミヨの電子カルテを開く。掲示板に赤い太字で残された急変時DNAR、心停止時当直医Callと書かれていることを確認し、「DNARです」と足立へ伝えた。

 患者のオムツ交換のため巡回をしていた野尻が、何事かと詰所へ駆けつける。足立が状況を整理する傍ら、脈拍が低下してきた時間と脈拍値を走り書きした志村は、血圧計を持ってミヨの病室へと向かう。


「田中さーん、きこえますか? 田中さーん!」


 声かけに反応はない。肩を叩いても、爪を圧迫してみても、眉間にしわをよせて苦しそうに呻くだけ。

 モルヒネの血中濃度が上がっているのか呼吸が浅く、回数が少ない。流量を二時間分減量する。血圧は準夜帯と比べ低下しているが、ショック状態にあるとまではいえない。ミヨは小さくもたしかに、うぅと呻き声を漏らす。血圧計を外し、後ろ髪が引かれる思いのまま病室を後にする。

 どうせ何をしようと急変時DNARに変わりはない。朽ちていく命と向き合う職でありながら、命に対してできることはごくわずかだ。

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