柒
その後この地は名のある神主によって鎮められ、少しずつ人が流入するようになった。家が建ち、村ができていく。けれどね、どれだけ人が増え土地が栄えていこうと、常について回る不安があった。そう、再び竜の怒りが振るわれる日がくるのではないか、と。神の怒りが己に向けられると考えているところに、形容しがたい
実はこの地のすぐ近くに、
ただ社は少しずれた位置にありましたから、土砂災害のあった中央に移設することになったんです。社の移設にはそれなりに時間がかかってしまったけれど、どうにかこうにか、
ここは地盤が強くないんですけどね、それは土壌の中に含まれている水分量が多いっていうのが一つの原因なんですよ。私はね、お兄さん。役人たちが龍土町なんて名前を付けたのは、ある種危機感を失わないようにしていたんじゃないかって思うんです。龍の土地、
泥水で育った蝮は五百年にして蛟となり、蛟は千年にして竜となり、竜は五百年にして
私もね、己の出自を探していた時、たまたま読んだ本に書かれていただけで。知らぬまま年を重ねるところでしたから、読めて良かったですよ本当に。
――とまぁ、蛇足も多かったんですけどね、ここまでが私が語りたかった口伝でした。どうでした? 面白かったですかね、やっぱりほら、自信はなくって、ははは……。
人様の時間までもらってるもんだから、それに見合うくらいの楽しさっていうか、有意義な時間を提供できてたら良いんですけどね。あぁ、もちろん時間を伸ばしてもらっているんですから、その分の代金と此まで来ていただいた交通費もしっかり支払いますから、安心してください。
ああ、本降りになる前には、お兄さんを家に帰すことができるようにって考えていたんですけど、横殴りの雨になっちゃいましたね。申し訳ない。雨が止むまで、もう少しご一緒してもいいですか。
いやぁ、本当は七月二八日か、九月の
あ、いやぁね。此に来た理由の大部分は墓参りだったんですよ。去年までは毎年命日に会いに行ってたんですけど、仲間内から反対されている間に半月も遅くなってしまって。墓参りを反対してくるとか失礼極まりますよね、本当に。こっちの気持ちも知らないで好き勝手決められちゃかなわないですよ。
お兄さんは、今日は私に付き合ってくれてますけど、墓参りとかは行ったんですか? 行った方がいいですよ、だんだん先祖を参ることは減ってきていると知ってはいるんですけどね。耳障りすることを言えば、死んだ人間が会いに来るなんてことはないわけだけど、今年も行かなかったな、なんてごく小さな罪悪感を抱かなくて済むんだからさ。ね。
……神宮に墓参りですよ、ええ。間違ってませんとも。そこに彼がいる、というか、そこにしか彼が生きていた事実が遺っていないんですよ。なにせ、土砂が飲み込んでしまったから。新たな村里ができ、戦禍に襲われ、また新たに街が生まれて文化ができた。
私はね、それが悔しくて、苦しくて堪らない。雨降って地が固まったと思えば良いのだろうけど、そうは思えない。彼の死を、土蜘蛛なんて蔑称が存在したことを知らずに、手を伸ばせば全てが手中に収まるほど栄えた街に暮らす全てが許せない。何よりも私が、私自身を許すことができないでいる。
知る由もないでしょう。土蜘蛛たちの苦悩、憤怒を。璃竜と成ったが故に知ってしまった、私の苦しみを。何故もっと早く璃竜と成れなかったのか己を恨んで止まなかった時間を。
鬼雨は止まないよ、お兄さん。――此の地盤は強くなどないからね。
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