肆
村は徐々に衰退していった。日照りによる慢性的な水不足、あらぶる神の御里という蔑称。そうしたものが国栖共を殺していったんだ。生き残った者同士で食料を求めて醜く争い、共々命を落としてしまう、なんてバカみたいなこともあった。今の若い子には想像もできないだろう? 今日を生きるための食べ物すらない、明日わが身が無事である保障がないなんて。
――村ではね、初めに老齢の者が死に、次に病弱な者が淘汰され、非力な男が殺され、女子供は血肉として消費されていった。元々食人文化なんて無かったんですよ、この村には。満たされない欲求はね、雨一つ降らぬまま七月を迎える頃にはもう、爆発してしまったんだ。桶の話をしたじゃないですか、さっき。不満の許容量をね、越えてしまったんですよ。水神が哀れな国栖共の願いを叶えてやらぬ間にね。
そうして、気が付いたら骨が浮くほどに痩せた男一人だけが、村に残された。頬はこけ、棒きれのように細い足でなんとか立って歩いていたんだ、その国栖は。この男は、この時代の人間と比べて身長が高くてね、首に三点の墨が入っていた。……そうそう、私のここ、胸鎖乳突筋にそって縦に入った三点と全く同じところにね。
彼には敬意をもって、国栖ではなく、きちんと土蜘蛛と呼ばせてもらおうかな。その土蜘蛛は荒れ果てた村を常に嘆いていた。泣きながら息子や娘の血肉を啜り、人の行いすらできない現状に苦しみながら、妻の血肉を糧にしていたんだ。可哀想だろう? でもこれはね、この国の歴史のどれにも
何をしたいのか、何をせねばならないのか、栄養の足りない頭で考えることは困難を極めていた。なにせ極度の脱水もあったんだ、いつ死んだっておかしくない状況だった。生死を
衣服なんかは掘り起こした土に隠して、仲間を縛るのに使っていた縄は解いて。目立つ人骨は出るたび竜池に捨てていましたから、細かな骨とか、歯なんかを、土に隠したんです。たった一人で、意識すら
ほんのわずかにかく汗から塩分を得て、からっからに乾いた遺体の肉を食べて、土蜘蛛はどうにか食い繋いでいたらしい。争いもなくなった村で、ただ一人死を待つだけ。村を整えた土蜘蛛は、まだ捨てられていなかった麻縄を持って竜池へ向かった。人は死ぬとき、どうしてとか、寂しいとか、辛いとか、そうした己の境遇という不運を憂う事があるんだけどね。土蜘蛛もそうだった。
身体の苦しみ、渇き、生への執着、村のこと、どう死ぬのか、死後に救いはあるのか、なんて、答えなんて出るはずのない問いがね、土蜘蛛を苦しませていたんだ。身体は渇ききっているっていうのにさ、涙は流れるんだ。土蜘蛛はね、水神に怒りがないとは言い切れなかったが、今まで水神によって雨がもたらされたという経験はね、ずっと彼の中に残っていたようだった。
湿った獣道を踏み歩き、竜池の淵に放置された塵芥や人が生きていた痕跡なんかを竜池に投げ入れて、健常だった頃の竜池を再現した。一日にできる事は多くなかったこともあって、全てが美しく整えられた時にはすでに七月二八日。あの供犠から二度目の神の日になっていたそうだ。八月が迫る。土蜘蛛はね、少しずつ座って過ごす時間が増えてしまっていた。
身体の同じ部分に圧がかかりすぎるとね、どうしても
初めは痛そうにしていたけれど、動く体力なんてなかったからただ耐えていた。栄養状態も悪かったからね、すぐに黒く壊死をして、骨が見えるまでになってしまったんだ。その頃にはね、痛みなんて感じていないようだったよ、彼は。そんな状況で過ごす、ただ死を待つだけの時間。あの土蜘蛛の気持ちを
そんな土蜘蛛はね、やはり拠り所を求めていた。そして、彼はね、手先が器用な人間だったから、持ってきて放っていた麻縄で、偶像を作ったんだ。縄の片側に寄せて、本結びを数回。結び目からだらりと伸びた縄を大蛇に見立て、彼は水神に
それもそうさ、彼らは雨を求めていた。雨さえ降ってしまえば、感謝はすれど、水神のことはすっぽりと忘れてしまう。そしてまた、同じように干天に
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