弐
山奥にある村ってことで旅人すら寄り付かない場所ではあったんですがね、五〇余人ほどの
そうそう、それでですね、この村では毎年五月の八日に、これからの降雨や豊穣を祈念する祈雨の儀が行われるんですよ。雄川の上流に滝がありまして。滝から流れた水が大人一人はすっぽりと沈んでしまいそうな池へ行き、それが荒々しい雄川を作っていまして。その滝つぼのある池を
そこに辿り着くまででも大変なんですがね、村の男衆で竜池の淵に行き、馬の肉や酒を捧げるんです。毎年捧げものをして、雨が降れば感謝の舞を披露したりしていたようなんですけど、この年は違った。祈雨の儀を行っても水神は雨をもたらさなかった。村の衆は、その日は帰路に着くしかなかったけれど、帰ったその足で集まって色々と策を練ったようなんです。
この時代の主要な農業は稲作だったわけなんですけど、そもそもが山奥だったこともあって、作物の出来も良いわけじゃなかったみたいですよ。だからこそ、少しでも良いものを作りたかった村の衆は、どうやったら雨が降るかっていうのを必死に考える必要があったんです。
翌週、改めて祈雨の儀を行ったときも、嫌になるほど強い日差しが照り付ける良い日だったそうで。彼らはもう一度、水神に喜んでいただくための食物や御神酒をたんまり用意して、竜池へ向かったんです。二キロメートルほど、村から離れていたらしい竜池への道のりは険しいものだったようですが、赤子をも引き連れて、全員で。
そして、声高に叫ぶんです。“
そこでね、国栖たちは頭を悩ませて一つ答えを出しまして。“水神が喜ばないというなら、怒らせてしまえばいいのではないか”と。……お兄さんならこうするなぁ、とかあったりします? 私だったら雨を降らせろと神様に言う前に、竜池の掃除から始めますけどね。っとまあ、今はいない土蜘蛛たちに言えることなんてないんですけど、ふふ。
村では稲作が行われていたって話したんですけど、長い事やってると
そこで、水神を怒らせるために……というのはこじ付けでしかなかったけれど、やり場に困った農耕具を竜池に投げ込んだんです。“雨たもれ”と呪いのように繰り返しながら。けれど、水神は怒らず、
当初五〇余人ほどいた村民は、一人、また一人と熱で苦しみ、栄養失調が加わりながら、息を絶えていく日が続いたそうなんですね。村だけでは食糧難を解決することは一切できず、彼らは山道を往く行商人や旅人を攫い、食料の強奪を図るようになったそうです。強奪で済めば良かったんですけどねぇ……。
どうしても抵抗する者はいますから、そうした人間は集団で襲い、息の根を絶ってしまうことも少なくはなかったそうですよ。中には命辛々逃げ切った後、他の村や里で“あの道行くべからず”なんて一休の
殺して、逃げられて、竜池を汚して、どうにか食い繋いで。そんな生活をしているとね、彼らの村はいつしか”あらぶる神の
……お兄さんも当たり前だろ、みたいな顔をしてますが、いやぁ、そうですよね。人殺しが神頼み、なんておかしな話ですもんね。困った時には神に頼るしかないだけの時代で生きた国栖には、殺すのは生きるため、神頼みも生きるためでしかなかったんだろうと思うほかないわけです。
そんな生活を続けている最中も、干天は彼らの体力を奪っていた。もう捨てられるような農耕具はない。それに、“あらぶる神の御里”なんて蔑称があるような場所に人は寄り付きやしませんから、次第に食い扶持にも困るようになっていったわけです。暑さで水も乾きつつあり、雌川は明らかに水量が減ってしまった。
この国では……あ、現代日本ではって意味なんですけど、死人を火葬するじゃないですか。この時代も漏れずそうなわけなんですけど、干天が続いてしまう中で火葬をしてしまうとね、山間の村では山火事の危険も高まってしまうってことで、村ではこの夏、火葬はしていなかったそうなんです。
一か所に集められた遺体は暑さの中で早々に傷み、腐臭を散らすようになってしまった。困った国栖はね、えぇ、そうなんですよ。お察しの通り、そうしたものも竜池へと捨てていたんです。“雨たもれ”なんて呪詛を唱えながら。けれどね、ふふ、そうです。雨は降らないんです。
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