六本木七丁目
壱
いやぁお待たせしてしまって申し訳ないです、場所を指定したの私なんですけど、久しぶりに来たもんで土地勘がなくって。好きなもの頼んでください、ええと……私は烏龍茶を。一人旅なんて初めてで、やっぱり話し相手がいないとだめですね。えーっと、まあ、その、そろそろっていうか随分夏が暑くなりましたよね、昔に比べて。
梅雨って時期があるから今はいいですけど、これだけ暑いと水が干上がっちゃいそうだな、なんて思っちゃうんですよね。そんな心配する必要なんてないというか、そんなこと気にしてどうするんだって話なんですけど。あ、すみません、ありがとうございます。……一口いただいてもいいです? すみません、喉が渇いてしまって。
そういえば今はここ、六本木七丁目って言うんですね。六なのか七なのか、はっきりしてほしいなって思っちゃいましたよ。あっ、好きに飲んでくださいね、紅茶。こんな話つまらないだろうし、付き合ってもらえるだけありがたいですよ本当に。ええと、何の話をしてたっけ。……えーっと、そうだ、六なのか七なのかって話でしたね。こういうサービス使うの初めてで、地に足がついてないような感じで、はは、すみません。
初めて来たわけじゃないんですけどね、どうしても久々に来るとかしこまっちゃって。そうそう、ここって実は
こう、あれですね、今はいいですよね。暑いと屋根がある場所に逃げられますもんね。それに色んな洋服を着て、みんな好きなように過ごしているじゃないですか。自由って素晴らしいですよね。いや、ほら。昔なんて洋服に使える原料だってかなり制限があったし、外から貰ってくるなんてことできなかったじゃないですか。それを思うと、ずいぶん発展したなあって思うんですよね。
それにほら、ここの近くでがけ崩れもあったじゃないですか。……あ、もしかして存じないですよね、これもずいぶん昔のことだから、今の若い人は知らない人の方が多いですよね。あっ、いや、知らないからとか、これだから若い人は~なんて言おうとしてるんじゃなくて、すみません。せっかくお願いしてたのに気分だけ悪くさせちゃってますよね、もしかして。
これ、一九三八年の、たしか六月末にあったんですよ。けっこう高低差がある土地のわりに、地盤がすごい強いってわけでもないんですよ、この辺り。だからその時すごい雨で、ええと、今でいうゲリラ豪雨みたいな感じで、かなりひどい被害が出たんですよね。
今の六本木四丁目から二丁目までかけてがけ崩れして。いや、ほんとね、六やら四やら二やら……。ここは七だし、本当数字だらけでよく分からないよって感じですよ。あっ、ええとこんなことを言おうと思ったんじゃなくて、ごめんなさいね、話がとんじゃって。そんなでかい被害を受けてても、こう、ここまで街として発展してるってすごいことじゃないですか。
たしかその土砂災害があった後に、あれです、龍土町を含めた幾つかの町が吸収されて、六本木七丁目っていうのができたんですよ。今の若い子はきっと知らないと思うんですけどね。……あっ、違いますよ! あなたを今の若い子って称してるわけじゃ! ……あ、すいません、いや、そんなに気にしてないですか、それなら良かった。
ちょっと、もう一口お茶いただきますね。まだここから話も続くので、好きに食べ物も頼んでください。どうも人からもらった口伝を話したい性質で……。後に予定が無かったら、時間伸ばしてもいいですか? 嘘のような本当のような、いや、私もなんとも言えない話なんですけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます