ボトリティスェリプティカ ⑥
何もできないまま日曜日が過ぎ、月曜。週の始まり、いつもと同じ電車に揺られる。つい二日前、隣に三郷がいた。楽しそうに笑う三郷、駅に降りて潮の香りを一緒に嗅いだ。いつも一人で行く通学路を一緒に歩いた。
「あー芽衣! 芽衣の友達インスタ消したの?」
菜緒にどんな返答をしたのか覚えていない。ただ休日の疲れが抜けていない感覚が、続いている。今、また目の前には大きな大きな母なる海が在った。携帯の時刻は下校時間が過ぎていることを示す。この海も、三郷と来た。学校の友人には誰一人として教えていない、秘密の場所。
海は変わらず在る。記憶の中の三郷と同じようにカバンを置き、靴を脱ぎ、靴下を脱いで、海へ進む。スカートの裾が濡れてしまわない位置に立ち、大きく息を吸い込む。潮風をたっぷりと。吸った息をしっかり全部吐き出して、もう一度。
三郷の表情が忘れられない。三郷と別れてからご飯の味はしなかった。親の話しも、授業も、何もかも右から左に抜けていってしまう。何をしても満足感が得られない。大きく息を吸えば心は満ちるのに、そんな実感もなかった。
高い波にスカートの裾が濡れる。改めて、三郷と同じように水平線を見る。寿命だなんだと自分を納得させるためだけの御託を並べた土曜日。その日の前――菜緒が三郷を知った日から、今の今まで私の中に三郷が色濃く残っている。三郷のせいで破綻した、そう思い込みたいだけ。三郷がいることで私らしくいることができていたなんて思いたくない。
海との境界が不明瞭になるほどに、足先の冷たさを自覚する。もう一度、潮風をたっぷりと吸いこむ。助走をつけるように、一度吐き出して、今度は短く一気に風を取り込む。
「大っ嫌い」
自分に向けた言葉は、音を立てて寄せる波に飲まれていった。時刻に合わせ帳が落ちる水平線。海は変わらずそこに在る。
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