焦燥
花屑かい
焦燥
走っている。
この世界の上で自分が地球を動かしているのではないか、と思うほどに足を振る。
青い空。
青い街。
青い影。
青い自分。
青で満たされる見慣れた景色と耳鳴りが襲う。
雨のような耳鳴りが記憶とかさなる。
赤い雲が私を覆って連れ去って、そして……。
途端に続きを忘れてしまった。
何をしていたんだろう。
私は立ち止まった。
唾を呑み込んで、棘の混ざった酸素だと思うものを無意識に吸っている。
頭がじゅわじゅわと音を立てて焼かれているような気分だった。
知らない、いや知っている。この気分は。
目の前には見慣れない自分の手。
赤い雲の残骸が私に張り付いていて、嗅いだことの無い強烈な臭いが喉の奥から這い出てくる。
嗅いだことの無い……わからない。
私が今何をしているのかも、私が何をしていたのかも、わからない。
ただ私の中で動くこの気持ちの悪い生き物が、今日は珍しくバクバクと声を発していた。
「今日は思い出せそう?」
私の中でまた別の生き物が話しかけてくる。
女の声だ。いや、男? わからない。
「思考は一つだけなんだよ? 今は思い出さなくちゃ」
そうだ。そうだった。
私はあの赤い雲のことを考えなければならない。
「ほんとに雲だと思ってる?」
そう、あれは雲。ふわふわと漂って私を連れ去る。
「赤いってところだけあってるかも」
青は居ない。青く世界が見えるようになって、どれほどだったか。
「そうだね。じゃあなんでそうなっちゃったんだっけ?」
頭が破れそうだった。真実が重かった。
「だから忘れちゃったんでしょ?」
違う。違わない。そんなはず。それしかない。いいえ。はい。
「はあ、今日はダメそうだね」
『あなた、大丈夫? 頭おかしいんじゃない? 心配だわ。消えた方がいい。あっちに座りましょ。誰も必要としていない。歩ける?』
不意に地球の上から声がする。
顔を上げると、青い濃い色の虫が居た。
私の体を三つほど丸めた大きさの、まあるい両目に六角形が隙間なく埋められている。大きなその目を見ると私は操られているかのように私の制御が出来なくなる。
帰りたい。
羽音が雨の音と混ざって気分が悪い。
私の体から本当になにかが這い出てきそうだった。
生き物は私の体内で叫んでいる。妙に規則的に早まるその音は目をつぶってもそこで響いていた。
羽音をこさえた大きなハエが近づいてくる。
咄嗟に手の先の硬いものを使って目の前の六角形を狙う。
ハエは大きな巨体をひっくり返してじたばたしていた。
私の足ほどある毛の生えた六本の手足が不規則に。
そして視線が突き刺さる。
──私は走っている。
焦燥 花屑かい @hanakuzu_kai
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