デート(仮)――1

 翌日の日曜日。俺と雛野は早速デートすることにした。プロットの再提出を月曜日までにしなくてはならないので、今日しかチャンスがないのだ。


 午前九時。清海高校の最寄り駅の、ひとつ隣にある駅。その前で、俺は雛野を待っていた。


 俺と雛野はお隣さん同士なので、本来待ち合わせする必要なんてない。けれど、別々に出かけて待ち合わせしたほうが、よりデートっぽくなる。俺の課題は『デートシーンにリアリティを出すこと』なので、よりデートっぽくなるよう、待ち合わせをしているわけだ。


 これから雛野とデートすると考えるだけで、緊張して体がカチコチになる。深呼吸して緊張を鎮め、俺は自分の格好を確認した。


「ネット情報を参考に選んだけど、大丈夫だよな?」


 今日の俺のコーディネートは、白いシャツ、黒い七分丈のジャケット、紺のスキニーパンツとスニーカーに、黒いボディバッグ。『気合を入れて奇抜な格好をするのはNG。シンプルで清潔感のあるコーディネートを心がけなさい』というネット情報を参考に選んだものだ。


 雛野は、一〇〇人いたら一〇〇人が口を揃えるほどの美少女だ。彼氏(仮)の俺が半端な格好では、隣に並んだときに雛野が恥を掻く。雛野に失礼のないよう、服装には注意を払わなくてはならない。


「お、お待たせ、あきくん」


 ソワソワしながら待っていると、お決まりのセリフとともに雛野が現れた。


 雛野の姿を目にした瞬間、俺は時間が止まったような錯覚に囚われる。


 ボリュームスリーブの白いブラウスに、水色のハイウエストスカート。足元を飾るのは青いローファーで、白いショルダーバッグを肩に提げている。


 いつもとは髪型も異なり、今日の雛野はロープ編みのハーフアップ。よく見ると、薄くメイクもしているようだった。


 ボッチ時代ではあり得なかった、華やかさのあるコーディネート。俺だけでなく周りの通行人たちも、等しく雛野に見惚れている。


「あ、あきくん? 黙ってるけど、どうしたの?」

「あ、ゴ、ゴメン、なんでもない!」


 不安そうに雛野に見つめられ、俺はようやく我に返った。


 雛野に見惚れすぎて呆然としていた! え、えっと……ネット情報では、『彼女の格好を褒めるのは鉄則』だったよな。


 動転のなか思い出し、俺は視線をさまよわせながら雛野を褒める。


「その……め、めちゃくちゃ似合ってるな、その服装……」

「あぅ……あ、ありがとうございましゅ……」


 プシュー、と湯気が立ちそうなほど顔を赤くして、雛野がポショポショとお礼を言う。恥ずかしそうにしているがやはり嬉しいらしく、雛野の口元は緩んでいた。可愛い。


 ひとまず、出だしは好調かな?


 喜んでもらえたことにホッとしつつ、俺は今日の予定を雛野に伝える。


「今日は、まず映画館で映画を観て、昼食をとってからウインドウショッピングをしようと思ってるんだけど、どうかな?」

「うん。いいと思う」


 雛野がコクリと頷き、モジモジしながら続けた。


「というか……あ、あきくんが一緒なら、なにをしても楽しいと、思います」

「そ、そっか……あ、ありがとう」


 またしても赤面する俺と雛野。まだスタート地点なのに、胸のドキドキが止まらない。


「じゃ、じゃあ、行こうか、雛野」

「う、うん」


 ふたりしてギクシャクしながら歩き出す。雛野がとんでもない美少女だからしかたないけれど、周りの人々の視線が俺たちに集中していた。


 居心地の悪さを感じていると、雛野が怖ず怖ずと口を開く。


「ね、ねえ、あきくん? 今日のわたしは……か、彼女、だよね?」

「そ、そうだな」

「だったら……『雛野』じゃ、ヤだな」


 照れと期待が混じった瞳で、雛野が上目遣いをしてくる。雛野の言いたいことを悟り、胸の鼓動がさらに速まった。


 もはや耳の真横で鳴っているんじゃないかと思うほどうるさい心音を感じつつ、緊張に声を震わせながら、俺は呼ぶ。


「つ……つき、か?」

「ひゃ、ひゃい……月花、です」


 雛野が――いや、月花が肩を跳ねさせて、コクリと頭を揺らした。


 な、名前呼びってこんなに恥ずかしいものなの!? 世のカップルはスゴいことをやっているんだな! 爆発しろなんて思って本当にごめんなさい!


 身悶えしたい気分だった。この場に誰もいなければ、俺は間違いなく地面を転がり回っていたことだろう。


 けど、これくらいで恥ずかしがってはいられない。いまの俺たちはカップルなのだ。恋人同士なのだ。


 だったら、はしないといけないよな。


 すー、はー、と深呼吸した俺は、隣に手を伸ばし、引っ込め、伸ばし、引っ込め……勇気を振り絞って、月花の手を取った。


「――――っ!」


 月花が息をのみ、ビクッと震える。それでも、俺の手を振り払おうとはしなかった。


 よ、よかったあ……拒絶されなかったあ……!


 ここで振り払われたら、ショックのあまり三日間は寝込んでいただろう。俺は胸を撫で下ろす。


 しかし、安心できたのはつかの間のことだった。月花がスルリと手を解いたのだ。


 脳天に雷が落ちたのかと思った。それほどのショックが俺を襲う。


 や、やっぱり嫌だったのか!? 俺、早まった!?


 あまりのショックに目の前が暗くなり、足元がぐらぐらと揺れる。


 だが、そこで終わりではなかった。解いた手を、月花が再び繋いでくる。指と指を絡み合わせるような繋ぎ方。いわゆる恋人繋ぎだ。


 ハッと隣を見ると、月花が真っ赤な顔でうつむいていた。羞恥心マックスというような仕草。けど、繋いだ手を放そうとはしない。


 月花の様子にまたしても身悶えしそうになりながら、俺は繋いだ手に力を込める。


 こんな顔色で手を繋ぎ合っているんだから、どこからどう見ても恋人同士にしか見えないんだろうなあ、いまの俺たち。


 そんなことを考えて、ますます顔が熱くなった。


 初っぱなからドキドキしすぎだ。デート終了まで、俺の心臓は保つのだろうか?

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