恋人役
赤点からの補習というピンチから逃れることに成功した俺だが、再びピンチに見舞われていた。
「はあぁ……」
中間テストが終わってからはじめての土曜日。夕食中の俺が盛大に溜息をつくと、向かい合っている雛野がオロオロとした。
「ご、ご飯、美味しくないかな?」
「そ、そんなことはないよ! 文句の付けようがないくらい美味しい!」
「そっか……よかったぁ」
慌ててフォローすると、雛野がホッと胸を撫で下ろし、もう一度尋ねてくる。
「じゃあ、どうして溜息なんかついてるの?」
「今日、高柳さんからチェックバックがきたんだけどさ? 修正指示をされた箇所について悩んでいるんだ」
「どんな箇所?」
「デートのシーン。全体的にリアリティがあるし話の流れもいいけれど、デートのシーンだけはキャラの言動がわざとらしいって指摘されちゃって……」
けど、それはしかたない。リアリティのあるデートシーンを描写するのは、俺にとって大変難しいことなのだ。
なぜなら――
「俺、誰かとデートした経験がないから、想像で書くしかなかったんだ。けど、それじゃやっぱりダメみたいでさ? どうしたものかなあ、って思っているんだよ」
「……そっか。デートしたことないんだ」
「ん? なんか言った?」
「な、なんでもないよ!」
雛野がワタワタと両手を振って否定する。雛野の口元はどことなく緩んで見えた。なんでもないようには思えない。
気になるけど、いまはそのことを追求している場合じゃない。デートのシーンをどうやって修正するかを考えるのが、現状の最重要課題なのだから。
「プロット再提出の〆切りは来週の月曜日だし……考える時間も限られてるんだよなあ」
腕組みをして「うーん……」とうなるが、解決策は閃かない。このままでは到底〆切りに間に合わないだろう。焦りが募る。
その折り、雛野が怖ず怖ずとした口調で囁くように訊いてきた。
「…………と、する?」
「え? なんて?」
「わ、わたしと……デート、する?」
真っ赤な顔でうつむきながら、どこか期待を孕んだ瞳で上目遣いしてくる雛野。
雛野の言葉がすぐにはのみ込めず、俺はフリーズする。
雛野と……デート?
ようやく理解した俺の顔が、ボシュッ、と音を立てるような勢いで熱くなった。
「デ、デート!? 俺と雛野が!?」
「その……あ、あきくんの作品は、わたしとの体験を落とし込んでいるんだよね? だったら、デ、デートすれば、いいんじゃないかと、思いまして……」
恥ずかしくてしかたないらしく、雛野のセリフの後半は途切れ途切れになっていた。
「い、嫌なら、断ってくれて、いいからね?」
「い、いや、全然嫌じゃないけど……ひ、雛野はいいのか?」
「あ、あきくんだもん……嫌なわけ、ないよ」
「そ、そっか……じゃあ、その、お、お願いします」
「こちらこそ、お、お願いします」
俺と雛野はペコリとお辞儀し合う。緊張と恥ずかしさのあまり、どちらの動きもぎこちない。
お辞儀してからも、俺たちは互いにモジモジしていた。当然だ。俺も雛野も陰キャ。誰かとデートするとなれば、緊張しないなんて無理なのだ。
互いに赤面しながら、俺は頬をポリポリと掻き、雛野は髪の先をイジイジと
ピロン
ビクゥッ!
そのとき、不意にスマホの通知音が聞こえて、俺と雛野は揃って肩を跳ねさせた。
「ラ、LIMEか!?」
「み、みたいだね! 確認してもいいかな!?」
「ど、どうぞご自由に!」
ふたりしてアタフタとするなか、雛野がスマホを取り出して確認する。
スマホの画面を目にして――雛野がハッとした。
「ど、どうかしたの?」
「あ……ううん。なんでもないよ」
「そ、そっか?」
「うん。返信してもいいかな?」
「ああ、もちろん」
「ありがとう」
微笑んで、雛野がスマホのキーボードをタップする。
気のせいだろうか? 雛野の微笑みに、そこはかとない後ろめたさが滲んでいたように感じるのは。
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