ボッチ卒業と男飯――3

「これ、あきくんが作ったの?」

「……はい」


 判決を待つ被告人の気分で俺は認める。


 俺と雛野の前には、テーブルに並べられたチャーハンと野菜サラダがある。それらは一目で失敗作とわかる出来だった。


 チャーハンは、具材の大きさがそれぞれバラバラで、タマネギの水分で全体的にベチャベチャ。ついでに言えば、塩加減を間違えたせいでやたらしょっぱくなっている。


 千切るだけで完成すると思っていた野菜サラダは、レタスの水気を切り忘れたせいでビチョビチョになっており、ドレッシングが薄まりに薄まっていた。


 自分がここまで料理下手だったとは……サプライズでお祝いだ、とかいきってた自分をひっぱたきに行きたい。


 殻にこもるカタツムリみたいに、俺は肩をすぼめる。


 せっかく雛野のボッチ卒業記念日だっていうのに、やっとできた友達と遊んできたっていうのに、俺が作った夕飯のせいで、最後の最後で台無しにしてしまった。


「ボッチを卒業した雛野をお祝いしたくて作ってみたんだけど……ゴメン、上手くできなかった」


 か細い声で雛野に謝る。


 雛野はなにも返してこなかった。ただ無言を貫いている。


 優しい雛野と言えど、流石に呆れてるんだろうなあ……。


 暗澹あんたんたる思いが胸中に渦巻く。罪悪感のあまり雛野のほうを見られない。


 なおも無言のまま、雛野がスプーンを手にとった。その行動の意図がわからず、俺は目をしばたたかせる。


 雛野がスプーンでチャーハンを掬い――なんのためらいもなく口に含んだ。


 俺がギョッとするなか、雛野は平然とした顔でチャーハンを咀嚼そしゃくする。


「ひ、雛野!?」

「ちょっと塩っ気が強いかな? けど、美味しいよ」


 笑みすら浮かべながら、雛野がさらにチャーハンを一口。


 きっと、俺を傷つけないように雛野は我慢しているのだろう。そう思うと、逆に申し訳なさが湧き上がってくる。


 いても立ってもいられず、俺は叫ぶように声を上げた。


「美味しいわけないだろ!? 無理して食べなくてもいいよ!」

「無理?」


 俺の言葉が心底わからないと言いたげに、雛野がコテンと首を傾げた。雛野の予想外の反応に、俺はポカンとしてしまう。


「わたし、無理なんてしてないよ?」

「俺を傷つけないように、気を遣ってるんじゃないのか?」

「そんなことないよ? あと、さっきからわからないんだけど、どうしてあきくん、謝ってるの?」

「え? だ、だって、勝手に料理して、失敗して、雛野に迷惑をかけちゃったから……」

「迷惑だなんて思ってないよ。あきくんは、わたしをお祝いしたくて料理に挑戦してくれたんだよね? だったら、失敗なんてしてないよ」


 悩める者すべてを包み込む、聖母の如き笑顔を、雛野が俺に向けた。


「わたし、嬉しいんだもん。あきくんにお祝いしてもらえて、胸がポカポカしてるんだもん。大成功だよ」

「雛野……」


 雛野の優しさに目頭が熱くなる。


「それに、あきくんが作ってくれたことが、わたしにとっては最高の調味料なの。ちゃんと美味しいよ」


 三度みたびチャーハンを口にする雛野を眺め、俺は脱力するように笑みを漏らした。


「雛野を喜ばせたかったのに、逆に俺が喜ばされちゃったな」

「それなら、とってもお得だったね」

「お得?」


 発言の意味がわからず、俺は聞き返す。


 雛野がお日様みたいに顔をほころばせた。


「あきくんはわたしを喜ばせてくれた。わたしはあきくんに喜んでもらえた。ほら、お得でしょ?」

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