ボッチ卒業と男飯――2
帰宅後、すぐにプロット作成に取りかかり、一段落ついたところで『上書き保存』をクリックする。
「今回は大分しっくりきてるな」
伸びをして硬くなった体を解しながら、俺は独りごちた。
前回のバトルものでは、自分の体験を落とし込んだ際、どうしても違和感が発生してしまった。だが、今回はそれがない。パズルのピースがはまるように、無理なく自然に落とし込めている感じがする。
「ただ、かなり恥ずかしいんだけどね」
今回の作品はラブコメであるため、当然ながら、キャラクターたちの胸が高鳴るシーンを書かなくてはならない。自分の体験を落とし込む性質上、必然的に、俺と雛野のあいだに起きた、ドキドキする体験を思い返さなくてはならなくなる。これが想像を絶する恥ずかしさなのだ。
赤面必至だった当時の体験を思い出し、何度ジタバタしたことだろう。何度奇声を発したことだろう。
「プロットが完成するまで保つかなあ……俺の心臓」
割と本気で心配しながら俺は苦笑する。
ピロン
その折り、机の隅に置いていたスマホが鳴った。どうやらLIMEのメッセージが届いたらしい。
スマホを手にとって確認すると、差出人は雛野だった。
・月花:ゴメン、あきくん! こっち、盛り上がってて、帰りが遅くなっちゃうかも!
雛野からのメッセージを読み、俺は穏やかに目を細める。
帰りが遅くなるとのことだが、
「よかったな、雛野。ずっとほしかったものがようやく手に入ったみたいじゃないか」
帰りが遅くなるほど一緒に遊べる友達を――ずっと求めていただろう存在を、雛野が手に入れられたからだ。
思い起こされる、先ほどの教室での一幕。天堂さんと雛野が互いを名前呼びしたところでは、涙を流さずにいられなかった。
きっと俺って、娘の結婚式で号泣するタイプだな。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は雛野に返信する。
・章人:俺のことは気にしなくていいよ。好きなだけ遊んできたらいい
・月花:本当にいいの?
・章人:本当だって。むしろ、雛野の邪魔をしちゃうほうが忍びないよ
・月花:じゃあ、お言葉に甘えるね? ありがとう、あきくん
手を合わせるアニメキャラのスタンプが送られてくる。それを眺める俺の口元は、自然と笑みを描いていた。
雛野とのLIMEを終えてスマホを置く。時刻を確認すると、もうすぐで六時になりそうなところだった。
「雛野が帰ってくるまでなにをしようか」
「ふーむ」と考えながら自室を出て、リビングダイニングに移動する。
併設されたキッチンを視界に捉え――俺は思い立った。
「夕飯、俺が作ろうかな」
いつもなら絶対にやろうと思わなかっただろうけど、今日は雛野のボッチ卒業記念日。なにかお祝いをしてあげたい。
天堂さんと遊んでくるのだから、帰ってくる頃には雛野はクタクタになっていることだろう。俺が夕飯を作ってあげたら、雛野は楽ができるし、喜んでもくれるんじゃないだろうか?
うん。考えるほど名案に思えてくる。問題はなにを作るかだな。
腕組みをして俺は独りごちる。
「失敗するわけにはいかないから、俺でも作れる料理じゃないといけないんだよな」
自分が料理下手であることは、ひとり暮らしをはじめてからの一週間で身に染みてわかっている。雛野を祝うどころか迷惑をかけてしまうことになるので、間違っても失敗はできない。
「とりあえず、どんな食材があるか確認するか」
キッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中身をひととおり確認したのち、俺は頷きとともに決めた。
「チャーハンと野菜サラダでいくか」
無難な選択だと思う。チャーハンは具材を切ってご飯と炒めるだけだし、サラダに至っては、野菜を千切るだけで完成だ。失敗することはまずないだろう。
タマネギと、チャーシューの袋を手にとりがら、俺は笑みを浮かべた。
「サプライズでお祝いだ。喜んでくれるといいなあ」
ピンポーン
七時過ぎにインターホンが鳴らされた。
出迎えると、慌てた顔をした雛野が、手を合わせながら俺に謝ってきた。
「遅くなってゴメンね! すぐにご飯作るからね!」
急いで帰ってきてくれたのだろう。雛野は肩で息をしており、顔もほのかに上気している。
そんな雛野に――俺はガバッと頭を下げた。
「すいませんでしたぁああああああああ!!」
「ふえぇええっ!?」
雛野が驚きの音を上げる。いきなり全力で謝られたのだから無理もない。
「ど、どうしたの、あきくん? なにかあったの?」
雛野がオロオロする気配がする。
深々と頭を下げたまま、俺は懺悔室を訪れた罪人のように告白した。
「料理、舐めてました!!」
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