ボッチ卒業と男飯――1

 本格的な高校生活がはじまってから一週間が経過した。


 はじめは探り探りだった人間関係が徐々に円滑になっていき、クラス内でグループやカーストが形成されつつある。


 放課後、俺は自分の席でスマホを弄っていた。LIMEで連絡をとるためだ。


・章人:今日もまっすぐ帰れそう

・月花:わたしもだよ。いつもと同じ電車?

・章人:ああ。改札前のベンチで待ち合わせしよう

・月花:わかった!


 相手はもちろん雛野。用件は一緒に帰るための打ち合わせだ。


 雛野が敬礼する猫のスタンプを送ってくる。自分の席に座っている雛野のほうをうかがうと、ちょうどあちらもこちらを向いたところだった。


 俺と目が合った雛野がはにかむ。他人として過ごしながら、こんなふうにアイコンタクトを交わしているのは、雛野と俺が秘密の関係にあることを思い起こさせてドキリとする。秘密の関係といっても色恋とは無縁なのだけど。


 雛野のはにかみ笑顔にドギマギしていると、ふと気づいた。雛野の背後に人影が忍び寄っていることに。


「ひーなーのさんっ!」

「みゃあっ!?」


 忍び寄っていた人影が――天堂さんが、木から木へと飛び移ってきたムササビみたいに雛野に抱きつく。突然抱きつかれた雛野は猫の鳴き声みたいな悲鳴を上げて、椅子から飛び上がりそうなほどビックリしていた。


「て、天堂、さんっ!?」

「あははっ! 雛野さん、驚きすぎだよ!」

「あうぅ……は、恥ずかしいでしゅ」

「ゴメンゴメン、雛野さんの反応が可愛すぎてついねー」


 一緒に昼食をとった日から、天堂さんはよく雛野に構うようになったのだが、いまみたいに抱きついたりビックリさせたりすることが多々あった。天堂さん自身が言ったように、雛野の反応を楽しむためだろう。


 雛野には申し訳ないが、俺には天堂さんの気持ちがよくわかる。驚かされるたび、雛野はウサギや子リスみたいに愛らしいリアクションを見せるのだ。イタズラしたくなるのも無理はない。


 俺がこっそりと癒されるなか、動揺を沈めるように深呼吸してから、雛野が天堂さんに尋ねた。


「な、なにか、ご用、ですか?」

「うん! 清海ここからちょっと離れてるんだけど、スイーツがメッチャ美味しいカフェができたんだって! 雛野さんも一緒に行かない?」


 ニカッと笑いながら、天堂さんが親指で背後を示す。そこには三人の女子が立っていた。天堂さんが属する陽キャグループのメンバーだ。


 雛野がポカンとした。ボッチ経験が長すぎる雛野には、放課後に遊びに誘われている現状を、上手く受け入れられないのかもしれない。


「わ、わたし、が? 天堂さんたち、と?」

「そーそー。あの子らも雛野さんとお話したいんだって。どうかな?」


 呆然としていた雛野の顔に、少しずつ笑みが広がっていく。


 雛野が頷き――かけて、「あっ」と顔を強張こわばらせた。


 天堂さんが首を傾げる。


「もしかして、予定でもあった?」

「え、えと……」


 雛野が口ごもり、俺のほうにチラリと目をやる。俺との先約があるからためらっているようだ。


 苦笑を浮かべ、俺はスマホをタップする。


 ピロン、と雛野のスマホが鳴った。


「LIME?」

「み、みたい、です……あの……」

「あたしらは気にしなくていいよ。待ってるから」


 あっけらかんと笑う天堂さんと、背後の女子たちにペコペコと頭を下げて、雛野がLIMEの画面に目を落とす。


・章人:俺との約束は気にしなくてもいいよ。天堂さんたちと遊んできな

・月花:けど、あきくんのお世話をしないと……


 こんなときまで俺のことを気にかけてくれる雛野がいじらしくてしかたない。だからこそ、俺は雛野の背中を押した。


・章人:面倒を見てくれるのは嬉しいけどさ? 俺は雛野の枷になりたくないんだ。それに、たまには羽を伸ばすのもいいと思うぞ?

・月花:いいの?

・章人:もちろん! 雛野が笑顔でいてくれるのが、俺にはなによりも嬉しいしね


 雛野が目を見開く。


 ややあって、見開いていた目を幸せそうに細めながら、手を合わせるアニメキャラのスタンプとともに、雛野がメッセージを送ってきた。


・月花:ありがとう。あきくんはやっぱり優しいね

・章人:どういたしまして。心ゆくまで楽しんできな


 頬を緩め、俺はスマホをしまう。


 同じくスマホをしまった雛野が、天堂さんに向き直った。


「い、一緒に行っても、いい、ですか?」

「もち!」


 天堂さんが快諾し、雛野がパアッと輝くような笑みを浮かべる。


「あ、ありがとう、ございます、天堂さん」

「陽向でいいよ」

「え?」

「名字呼びってよそよそしいじゃん?」


 驚きのあまり言葉を失っている雛野に、天堂さんが手を差し出した。


「行こ? 月花」


 呆然としていた雛野が、口元を緩めながら差し出された手をとる。


「うん! 陽向ちゃん!」


 雛野の目尻には涙がたまっていた。もちろん、嬉し泣きだろう。

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