夫婦みたい――7

 スーパーに入店した。


「あきくん、今日はなにが食べたい?」


 カートを押す俺に雛野が尋ねてくる。


「一昨日の晩も昨日の晩も俺の好物を作ってくれたし、今日は雛野が食べたいものにしないか?」

「いいの?」

「ああ。作ってくれるのは雛野なんだからさ。むしろ、それくらいねだってもらえないと居たたまれないよ」

「うーん……じゃあ、シチューはどう?」

「いいね、シチュー。俺も好きだ」


 献立を決めた俺たちは、まず精肉売り場に向かった。なんでも、今日は豚肉と鶏肉が安いらしい。


 豚肩ロース肉のパックを右手に、鶏もも肉のパックを左手にとり、雛野がこちらを見上げてきた。


「あきくんはどっちがいい?」

「鶏もも肉かな。シチューの王道だし」

「えへへへ……わたしも同じこと考えてた」


 俺が答えると、雛野がにへーと頬を緩める。癒やし効果抜群のゆるゆるな笑顔につられて、俺の頬も自然と緩んだ。


 その気持ち、よくわかる。相手が自分と同じことを考えているのって、なんか嬉しいんだよな。


 メインの具材を決めた俺たちは、途中でシチューのルーをカゴに入れたのち、青果売り場で野菜類のチョイスをはじめた。


「ひとまずはニンジンとタマネギだね」

「ジャガイモも入れないか? ホクホクして美味しいし」

「だね。そうしよっか」


 ふたりで相談しながら入れる具材を決めていく。なんでもない時間だけど、胸が温まるような心地よさがあった。


 なんか、こういうのいいなあ。不思議と心が落ち着く。忙しくないときは、雛野の買い物に付き合うのもいいかも。


 ほわほわした気分でそんなことを考えていると、陳列されているアスパラを前にして、「うーん……」と雛野がうなった。


「アスパラはいまが旬だけど……今日はやめておこうかな」

「どうして?」

「だって、あきくん、青臭いの苦手でしょ?」


 至極当たり前のように答える雛野に、俺は目をパチクリとさせる。


「好物と味付けだけでも驚いたけど……苦手なものまで覚えていてくれたんだな」

「あきくんのことだもん」


 言いながら雛野が微笑む。肉じゃがを作ってくれたあの日にも口にしていたセリフだが、相変わらず破壊力がスゴい。


 しれっと言ってるけど、もの凄く照れるなあ。俺のこと好きなんじゃないかって勘違いしてしまいそうだよ。


 頬が熱を帯びるのを感じた俺は、赤くなっているだろう顔を見られないよう、「そ、そっか」とそっぽを向く。


 と、そっぽを向いた先で、買い物をしている一組のカップルが目にとまった。


「グリーンサラダを作りたいけど、セロリは入れないでおきましょう。あなた、苦手だものね」

「よく覚えているね」

「ふふっ、あなたのことだもの」


 俺たちと同じ内容の会話をしているそのカップルは、それぞれ、左手の薬指に指輪をめていた。どうやら夫婦らしい。


 微笑み合う夫婦のやり取りを眺め、俺ははたと気づく。


 一緒に食べる夕食の献立を相談しながら、ふたりで買い物をしているこのシチュエーション、メチャクチャ夫婦みたいじゃないか?


 気づいた途端、さらに顔が熱くなった。もはや隠しきれないほど、俺の顔は赤くなっていることだろう。


 談笑する夫婦に俺と雛野の姿が重なり、もはや正視していられなかった。赤面しているのがバレるのを覚悟して、俺は雛野のほうに向き直る。


 視界に戻ってきた雛野は、頭から湯気が立ちそうなほど赤面していた。


「あ、あぅ……」


 先ほどの俺と同じく、雛野も隣の夫婦を眺めていた。もしかしたら雛野も、いまの俺たちが夫婦みたいだと感じているのかもしれない。


 甘酸っぱいようなむず痒いような気分を味わっていると、俺と雛野の視線が交差する。


「「~~~~~~っ!」」


 互いに赤面していることに気づき、なんていうかもうたまらなかった。


 これ以上は赤くならないと思っていた雛野の顔が、一層赤くなる。これ以上は熱くならないと思っていた俺の顔が、一層熱くなる。


 俺たちはふたりしてパッと顔を背けた。


 先ほど、シチューのメイン食材として鶏肉を選んだ際は、雛野が俺と同じことを考えていると気づき、嬉しくなった。


 けど、いまは照れくささでいっぱいで、嬉しいと感じる余裕がない……!


 この場に誰もいなかったら、きっと俺は、床を転がり回って悶えていたことだろう。おそらくは雛野も。


 ――余談ではあるが、雛野が作ってくれたシチューは絶品で、俺は二杯もおかわりしてしまった。

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