夫婦みたい――6

 高校二日目の全日程が終了し、俺は電車でマンションの最寄り駅まで帰ってきた。


 改札を抜けた俺は、近くのベンチに腰掛けて雛野を待つ。LIMEにて、この時間に落ち合おうと約束しているのだ。


「あきくーん!」


 同じ電車(念のため車両は別)に乗っていたため、三〇秒と経たずに雛野は来た。ニコニコ笑顔を浮かべながらトテトテと小走りで駆け寄ってくる姿は、ご主人さまが大好きなワンコを連想させて、非常にホッコリする。


「お待たせ!」

「全然待ってないよ。同じ電車だろ?」

「そ、そういえばそうだね」


 よほどテンションが上がっていたのだろう。雛野がおかしな発言をする。俺が笑みを漏らすと、雛野は恥ずかしそうに髪をクシクシと弄った。


「じゃあ、帰ろうか」

「うん!」


 一緒に帰れるのが嬉しくてしかたないといった様子の雛野とともに、俺は歩き出す。


 街路樹が並ぶ道を隣り合って歩きながら、俺は雛野に話題を振った。


「昼休み、天堂さんとお昼をとってたな」

「そうなの。天堂さん、わたしと仲良くなりたいって言ってくれて」

「よかったな。友達できそうじゃないか」

「えへへへー。本当によかったよ」


 雛野が頬を緩めた。お湯に浸しすぎたライスペーパーみたいにフニャフニャな笑顔が、友達ができた喜びを如実に語っている。


 心から幸せそうな雛野を眺めていると、俺まで幸せな気分になってきた。ほわほわした空気感に包まれながら、俺たちは駅前から大通りへと進んでいく。


 談笑しながら帰り道を歩いていると、雛野の視線が大通りにあるスーパーに向いた。


「あきくん、スーパーに寄り道してもいい?」

「買い出し?」

「そう。今日、あのスーパー、特売日なんだよ」

「そんなこと把握しているのか?」

「うん。買い出しのとき、あきくんのお財布を借りてるでしょ? だから、できるだけ出費を抑えたいと思って」


 俺は感動せずにいられなかった。


 なんて健気な心がけだ! 面倒を見てくれるだけじゃなく、台所事情にも配慮してくれるなんて!


 ジーンとしながら、俺はしみじみと言う。


「きっと、雛野はいい奥さんになるな」

「ふぇっ!?」


 雛野が目を皿のようにして、ポッと頬を赤らめた。


「わ、わたしが、いい奥さん!?」

「ああ。家事上手で、料理が絶品で、面倒見が良くて、そのうえ家計にまで気が回るなんて、良妻賢母の鑑みたいなものだよ」

「ほ、褒めすぎだよぉ……」


 赤くなっているところを見られたくないのか、雛野が両手で顔を覆う。恥ずかしがる様子が愛らしくて、自然と俺の口元がほころんだ。


「褒めすぎなもんか。雛野の旦那様になるひとが羨ましいよ」


 なおも絶賛していると、雛野がモジモジしはじめた。うつむき、指と指をくっつけたり離したりしながら、チラチラと俺のほうをうかがっている。


「う、羨ましい、の?」

「そりゃあね。雛野みたいにできた女性ひとが奥さんになってくれたら、嬉しいなんてもんじゃないし」

「そ、そっか……嬉しいんだ……えへへ」


 うつむいていてよく見えないが、雛野の口元もほころんでいる気がする。なにかいいことでもあったのだろうか?


 まあ、あれだけ褒められたんだから、嬉しがっているんだろう、きっと。


 そう結論付けて、俺はスーパーを指さす。


「特売日ってことなら買い出ししよう。俺もついてくよ」

「付き合ってくれるの?」

「雛野にはいつもお世話になってるからな。荷物持ちくらいしないと罰が当たるよ。この前言っただろ? 俺だって雛野の力になりたいんだ」


 微笑みかけると、雛野がはにかみながら言った。


「あきくんもさ? きっと、いい旦那様になるよ」

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