夫婦みたい――3
幸い、最寄り駅に着くまでに、清海の生徒や知り合いに遭遇することはなかった。駅舎に着いた俺は胸を撫で下ろす。
「……着いちゃったね」
そんな俺とは対照的に、雛野はご主人さまに叱られたワンコみたいにシュンとしていた。露骨に落ち込んでいる。
落ち込む姿に申し訳なさと居たたまれなさがこみ上げてきて、俺までもが雛野と同じようにシュンとしてしまう。
「悪い、雛野」
「……ううん。ここで別れるのは、わたしたちが学校生活を平穏に過ごすうえで必要なことなんでしょ?」
「あ、ああ」
「それなら、あきくんが謝ることなんてないよ。あきくんはわたしのことを気にかけてくれているんだもん」
こんなときでも、雛野は俺が罪悪感を抱かないように気を遣ってくれていた。本当は寂しいはずなのに笑顔を取り繕ってくれていた。そんな雛野の優しさが、俺にはどうしようもなく痛ましく思えてしまう。
それでも、俺たちが一緒に登校するわけにはいかない。校内で親しくするわけにはいかない。俺と雛野の平穏のため、他人として過ごさなくてはならないのだ。
迷いを振り切り、俺は改札へと一歩踏み出した。
「じゃあ、行こうか」
「あ、ちょっと待って」
雛野が俺を止め、肩に提げていたトートバッグに手を入れた。取り出されたのは紺色の袋。雛野はそれを、両手で俺に差し出してくる。
袋を受け取りながら、俺は雛野に尋ねた。
「これは?」
「お弁当作ったの。よかったら食べて?」
柔和な微笑みを浮かべながら雛野が答える。
「えっ? いいのか?」
「うん。あきくん、いつも購買でお昼ご飯買ってたでしょ? だから作ってみたんだ」
「大変じゃなかったか? 早起きもしないといけないだろ?」
「平気だよ。わたし、元から早起きなほうだし」
雛野はそう言ってくれたが、炊事の大変さを味わった俺にはわかる。弁当作りに思った以上の手間がかかることが。
加えて、清海高校が離れた場所にあるため、そもそもにおいて俺たちは早起きしなければいけない。現在時刻も七時をちょっと過ぎたところだ。
ただでさえ雛野は朝食を用意しなくてはならないのに、弁当まで作るとなると、どれだけ骨が折れることだろう。少なくとも、俺には到底真似できそうにない。
この弁当ひとつに、雛野の苦労と優しさが詰まっているのだ。胸がジンとして、目頭が熱くなる。
「学校生活頑張ってね、あきくん」
弁当とともに雛野がエールを送ってくれた。ここからは別行動だというのに。他人として過ごすのを、雛野は寂しがっているはずなのに。
ここまでしてもらったのに、俺はなにもしないでいいのか? 雛野にもらってばかりでいいのか?
雛野が背を向けて、改札へと歩いて行く。
「――雛野!」
遠ざかっていく背中を、俺は
「雛野さえよければなんだけどさ? 放課後に時間が合ったら、この駅で落ち合って一緒に帰らないか?」
「え?」
「その……学校では一緒に過ごせないから、せめて帰り道くらいは、と思って……」
提案する俺の心臓は、バクバクとうるさいほどに鳴っていた。
じ、自意識過剰なんじゃないか、いまの発言? 「俺と一緒に帰りたいんだろ?」って言ってるようなもんだし……。
緊張のあまり雛野のほうを見られない。うつむきながら返答を待つ。
「うん!」
聞こえたのは、喜びと嬉しさに満ちた肯定の言葉。
顔を上げると、先ほどの、取り繕われたそれとは明らかに違う、花咲くような笑みが映った。
「絶対に時間合わせるから、一緒に帰ろうね、あきくん!」
雛野の笑顔を目にして、勇気を出してよかったと心の底から思った。
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