夫婦みたい――4

 約束通り、雛野が俺に接触してくることはなく、無事に昼休みを迎えた。


「雛野さん、一緒にお昼しよー?」

「はひゃいっ!?」


 ひとりの女子生徒に声をかけられて、自分の席で弁当を取り出そうとしていた雛野が、ビクッ! と肩を跳ねさせる。


 雛野に声をかけた女子生徒は、いかにも陽キャといった見た目だ。


 金色に染めたロングヘア。両耳にはピアス。


 背は高く、体付きはスレンダー。ダークブラウンの瞳はアーモンド状。


 胸元のリボンを外し、カーディガンを腰に巻き、スカート丈は短めと、制服をギャルっぽく着崩している。


 たしか、名前は天堂陽向てんどう ひなただっただろうか? 自己紹介のときにやたら目立っていたので覚えている。


 声をかけられた雛野は、ギギギギ……、と錆び付いた音が聞こえそうなぎこちなさで天堂さんを見上げ、左右後ろを確認したのち、自分を指さした。


「わ、わた、し?」

「そうそう。雛野さんを誘ってるんだよ」


 天堂さんが苦笑する。ずっとボッチだったためか、雛野は自分が誘われたとにわかには信じられなかったらしい。


 突如降って湧いた陽キャギャルとの交流イベントに、雛野は「え……あぅ……?」と戸惑いに戸惑っている。緊張や驚きや嬉しさがごちゃ混ぜになって、脳が処理落ちしてしまったようだ。


 そんな陰キャ丸出しな雛野の反応を気にも留めず、天堂さんがニカッと歯を見せた。


「あたし、雛野さんと仲良くなりたいからさ、そのきっかけになればと思ったんだよね」

「わたし、と……仲良く?」

「あ、誰かと約束してるんだったら断ってもいいからね?」

「だ、だだ、大丈夫、です!」


 雛野がワタワタと両手を振る。


 すー、はー、と深呼吸したのち、勇気を振り絞るように胸元で両手をギュッと握りしめて、雛野が天堂さんに答えた。


「わたし、も……一緒に、お昼したい、です!」

「ん! よろしくね!」


 近くにあった誰かの席を勝手に借りながら、天堂さんが人好きのする笑みを浮かべる。


 天堂さんが、雛野の机と借りた机をくっつける。その様子を自分の席から眺めていた俺は、感動のあまり涙しそうになっていた。


 雛野が! 幼稚園から中学卒業までずっとボッチだった雛野が! 俺以外のひとと交流している!


 ボッチ時代の雛野を知る俺には、雛野がたどたどしくも天堂さんと会話する様子が奇跡のように映った。たとえハリウッド映画のクライマックスシーンであろうと、ここまで俺の心を揺さぶることはないだろう。


 よかったなあ、雛野! 頑張って高校デビューしたもんな! 報われてよかったな!


「どうした、章人? いきなり号泣しだして」

「悪い、岳。いま、アヒルの子が白鳥になった瞬間を目の当たりにしたんだ……!」

「ちょっとなに言ってるかわかんねぇな」


 俺と一緒に昼食をとっていた男子生徒が、頬杖をつきながら半眼でツッコんできた。


 ライトブラウンのショートヘアと、同じ色で切れ長の目をした、長身細マッチョのイケメン。彼の名前は風間岳かざま がく。中学からの友人だ。


 体格・性格・考え方が、同年代のひとよりも大人びている岳は、周りから一目置かれる存在だった。


 特定のグループに所属することはなく、交流したいひとと好きに交流するタイプ。それでいてカースト上位に君臨していたという強キャラ中の強キャラだ。


『学校では別々に行動しよう』と雛野に意見した際に上げた、『どのカーストの相手と交流しても評価を下げられず、交流相手が嫌がらせを受けないようにフォローまでしてしまう、人間関係の達人みたいなひと』とは岳のことだ。


 そんな岳と俺とは漫画の好みが近い。互いにそのことを知ったのち、俺がオススメの漫画を紹介していった結果、いまでは心を許せる友人となっていた。俺がラノベ作家であることを知る数少ない人物でもある。


 いまだに泣き続ける俺の視線を追い、一緒に昼食をとる雛野と天堂さんを目にした岳が、得心がいったように頷いた。


「なるほど。気にかけていた幼なじみに友人ができて感動しているわけだな」

「はじめてのおつかいを成功させた我が子を見る親の気分だ……!」

「過保護か」


 呆れながらも俺の心中を察するように、岳が柔らかく目を細める。同じ中学に通っていたため、俺と雛野が幼なじみであることや、雛野がボッチだったことを、岳は知っているのだ。


「まあ、よかったな。いきなりの高校デビューには驚いたが、ちゃんと報われてるみたいじゃねぇか」

「ああ。本当によかった」


 感無量で涙を拭い、俺は雛野が用意してくれた弁当をつつく。


 弁当には、玉子焼き、唐揚げといった定番のおかず、今朝食卓に上った筑前煮、栄養バランスを整え、かつ、彩りを添えるプチトマトが入っていた。玉子焼きはほどよく甘い俺好みの味付け、唐揚げの衣は冷めているのにクリスピーで、時間が経ったためか、筑前煮にはさらに味が染みていた。


 ただでさえ美味しい弁当。しかも、雛野のボッチ卒業を見届けながらの食事だ。花見をしながらの食事が美味しく感じるように、いまの俺には、この弁当がどんな高級料理にも負けないように感じる。


 ホクホク気分で弁当をつついていると、不意に岳がいてきた。


「ところで、章人。気になることがひとつあるんだが」

「ん? なに?」

「お前、家に女でも連れ込んだのか?」

「ごふぅっ!!」


 思わずむせた。なんの前触れもなく、誰にも明かしていない俺(と雛野)の事情を、岳に言い当てられたのだからしかたない。

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