夫婦みたい――2

 嫌われているわけではないとわかったからか、雛野の涙が収まった。だが、別々に登校することには納得できていないようだ。


 俺はハッとする。


 そうか! ずっとボッチだったから、雛野は人間関係に疎いんだ。


 なら、俺が一緒に登校したがらない理由がわからなくてもしかたがない。しっかり教えなくてはいけないだろう。


 一息ついて、俺は説明をはじめる。


「俺といまの雛野じゃ釣り合わないからだよ。これから、クラス内でカーストとグループができあがっていくんだけど、いまの雛野は間違いなく、カースト・グループともに上位になるだろう。一方、俺はよくて中間、下手したら下位だ。俺と雛野が親しくしていたら、カーストの格差によって学校生活が送りづらくなる危険性があるんだよ」


 ようするに、俺は雛野のカーストを下げる原因になり、雛野は、俺が上位グループの不興を買う原因になるということだ。


「なかには、どのカーストの相手と交流しても評価を下げられず、交流相手が嫌がらせを受けないようにフォローまでしてしまう、人間関係の達人みたいなひともいるけれど、流石に雛野にはそんな芸当ができるとは思えない。学校でも極力接触しないようにするのが最善だ」


 俺の説明を聞き終えた雛野が、首をブンブンと横に振った。


「そんなことない! あきくんのカーストが低いなんて絶対にない!」

「妥当な位置だよ。俺は大したやつじゃないし」

「あきくんはスゴいもん! 頑張って作家さんになったんだもん!」

「だからってカーストは上がらないよ。そもそも、俺は自分が作家だって明かしたくないし、それ以外にいいとこがあるわけでもないだろ?」

「あきくんのいいとこはいっぱいあるもん!」

「お、俺なんかのどこがいいんだよ?」

「全部!」

「全肯定!?」


 俺に対する雛野の評価がリミットブレイクしていて、褒められたはずなのに逆に怯んでしまう。


「それに、いいとこがないのはわたしのほうだよ!」

「いやいやいや! いいとこだらけだろ! 褒めるとこしかないわ! 可愛いし、キレイだし、健気だし!」

「はぅっ!? で、でも、あきくんのほうがスゴいよ! 努力家だし、優しいし、わたしのこと気遣ってくれるし!」

「うっ!? い、いや、雛野には負けるって! 料理上手だし、面倒見がいいし、勉強もできるし!」

「あぅっ!? あ、あきくんには敵わないもん!」

「いや、雛野のほうがスゴい!」


 変なスイッチが入ってしまった俺と雛野は、互いのいいところを熱弁し合う。


 その後も褒め合いは続き、およそ五分間の賞賛合戦のすえ、俺たちは互いの顔が見られなくなるくらい照れまくっていた。ふたりして赤面しながら、プルプルと体を震わせて、ゼーゼーと肩で息をしている。


「と、とにかく、俺と雛野が親しくしていたら、互いの学校生活に支障を来しちゃうんだ。だから、できるだけ接点を持たないようにしよう」

「ううぅ……でも……でもぉ……っ!」


 いまにも地団駄を踏みそうなほど雛野は悶々としていた。理屈はわかるけど、感情面では受け入れられない状態なのだろう。


 うつむいた雛野の眉根にはしわがより、両目は涙で潤んでいる。悲しそうで、悔しそうで、辛そうな雛野の様子に、俺の胸がズキンと痛んだ。


 雛野が悲しむ姿は見たくない。世話を焼いてもらっていることもあるし、叶えられるものならば、雛野の願いを叶えてあげたい。


 けど、俺の存在が雛野に迷惑をかける可能性も高いし……。


 腕を組み、「うーん……」とうなり、頭を抱え、かきむしり――俺は妥協案を提示した。


「じゃあ、最寄り駅までは一緒に行って、そこからは別々に学校に向かうってのはどうだろう?」


 俺と雛野が通う高校――清海せいかい高校に登校するには、このマンションの最寄り駅から、八つも先の駅まで移動しなくてはならない。学区から離れているため、俺たちが通っていた中学から清海に進んだ者は、数えるほどしかいない。


 そのことを踏まえれば、このマンションから最寄り駅までの道のりで、清海の生徒に遭遇する可能性はかなり低いと考えられる。知り合いとバッティングするかもわからないが、見違えるほどの美少女になっているため、俺と一緒にいるのが雛野だと気づかれることはまずないだろう。


 だから、最寄り駅までなら一緒に登校しても大丈夫だ……多分。


 俺の妥協案を聞いた雛野が、うつむけていた顔を上げた。


「……いいの?」

「ああ。最寄り駅までならギリギリセーフだと思う。警戒しすぎるのも疲れるだろうしな」

「……えへへへ」

「な、なんで笑ってるんだ?」

「あきくんはやっぱり優しいなあ、って思ったからだよ」

「うっ!!」


 ふにゃりとした雛野の笑顔に胸を撃ち抜かれる。


 俺と一緒に登校できる。たったそれだけのことでここまで喜んでくれる雛野が、どうしようもなく愛おしかった。

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