端から見たらラブコメ――4

 昼食をとりたいが雛野を起こすわけにはいかない。そこで俺は、近くのコンビニで弁当を買ってくることにした。もちろん、俺と雛野のふたり分だ。


 鍵がかかっていないことを考慮こうりょして超特急で弁当を購入した俺は、早足で雛野の部屋まで戻ってきた。


 ノブを捻ってドアを開ける――寸前。


 勢いよくドアが引かれ、雛野が飛び出してきた。


「ふぇっ!?」

「へっ!?」


 雛野と俺は揃って目を丸くする。


 雛野は急いでいたようで、勢い余って俺の胸に飛び込んできた。ポスン、と軽い音を立てて雛野と俺が重なる。雛野が小柄なためか、衝撃はほとんどなかった。


 なにが起きたのかわからないかのように、黒真珠の瞳をパチクリさせて雛野が俺を見上げる。俺もまた、突然の事態にポカンとしていた。


 陰キャの俺は異性との交流がほとんどない。そのため、本来ならば、女子と密着しているこの状況にテンパっていただろう。だが、俺が得た感想は『しっくりくる』だった。雛野が俺の腕のなかにいるのが自然なことのように感じる。不思議な安心感がある。


 雛野のほうも、慌てたり取り乱したりせず、くっついたままの体勢で俺を見つめていた。もしかしたら雛野も、俺と同じく、密着しているこの状況に自然さを感じているのかもしれない。


 そうするのが当たり前のように、俺は雛野の背中に腕を回していた。雛野も同じく、俺の背中に腕を回してくる。


 俺と雛野がそっと抱き合い――ふたり揃ってハッとした。


 おおお俺たちはなにをしているんだ!?


 全身がカアッと熱くなる。雛野の顔も一気に赤くなった。ポシュウッ! という効果音が聞こえてくるような勢いで。


「「ゴゴゴゴメン!」」


 まったく同じタイミングで謝り、俺と雛野はパッと離れる。なぜだかわからないが、かすかに喪失感を覚えた。


 恥ずかしくて雛野の顔を見られない。雛野もそうなのか、俺を見ないように斜め下を向いている。


 甘酸っぱいようなむず痒いような空気が流れる。居心地の悪さに俺はポリポリと頬を掻き、雛野はこよりを作るみたいに髪の先を弄っていた。


「えと……その、ぶ、ぶつかっちゃって、ゴメンね?」

「い、いや、全然平気」

「そ、そっか」


 会話が続かない。沈黙のなか、俺と雛野はひたすらモジモジしていた。心臓がうるさくてしかたない。


 いまだに腕のなかには雛野の体温と感触が残っていた。カモミールみたいに甘くて安らぐ匂いさえ、鮮明に思い出せる。


 いや、思い出すな、俺! また照れちゃうから! 赤くなっちゃうから!


 鼓動を落ち着かせるために深呼吸。ブンブンと頭を振って、俺はむず痒い空気感を切り替えようと口を開いた。


「い、急いでたみたいだけど、どこかに出かけようとしてたのか?」

「あ、あきくんのお昼ご飯を作ろうと思って……わたし、居眠りしちゃったみたいで、焦ってたの……」


 話題逸らしを兼ねた質問に、雛野がシュンとうなだれる。


「あきくんと約束してたのに……ゴメンね? すぐに用意するからね?」

「大丈夫だよ、買ってきたから」


 雛野を安心させるべく穏やかに微笑みながら、俺はコンビニの袋を掲げた。


「雛野の分もあるから一緒に食べよう」

「ありがとう……本当にゴメンね?」


 俺としては気遣ったつもりだったが、雛野はますます体を小さくした。昼食を用意できなかったことを、よほど申し訳なく思っているらしい。


 慌てて俺は続ける。


「あ、謝らなくてもいいって! 雛野はいつも俺の面倒を見てくれてるんだから! それに、荷解きで疲れてたみたいだし!」

「けど……」

「むしろ、謝るのは俺のほうだよ。甘えてばっかりで、雛野が疲れてるのに気づけなかったんだから」

「あ、あきくんが謝ることなんてないよ!」

「なら、おあいこにしよう。お互いに申し訳なく思ってるけど、お互いが相手を許してるんだからさ」


 苦笑しながら提案する。思いも寄らない言葉だったのか、雛野がパチパチとまばたきをした。


 ややあって、雛野が眉を下げた笑みを見せる。


「あきくんは優しいね」

「雛野ほどじゃないけどな」


 ふたりしてクスクスと笑い合った。

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