端から見たらラブコメ――5
その日の夕飯は豚の生姜焼きと野菜サラダだった。生姜焼きは肉じゃがと同じく、俺の好物だ。
こんがり焼き目のついた豚バラ肉にパンチの効いた生姜ダレが合わさり、ビジュアル・香り・味わいのすべてで食欲を駆り立ててくる。一口頬張ればご飯をかき込まずにはいられない。ショウガと一緒にすりおろしニンニクもたっぷり入っているらしく、ガツン! と力強い味わい。この味付けも俺好みだ。
雛野は俺の好物だけでなく、好みの味付けも覚えていたらしい。まるで恋人に一途な彼女みたいだ。
まあ、顔がいいわけでなく、頭脳明晰ということもなく、運動全般が苦手で、しかも陰キャな俺に、雛野が惚れているなんてあり得ないだろうけど。
豚肉はもちろん、タレが絡んだキャベツまでも残らず平らげて、俺は手を合わせた。
「ごちそうさま。今日も最高に美味かった」
「お粗末様でした。今日もキレイに食べてくれて嬉しいよ」
「雛野のおかげで万全の状態で高柳さんとの打ち合わせに挑めそうだ。本当にありがとうな」
ほわんほわんと微笑んでいる雛野に、俺はグッと親指を立てる。
三時過ぎに高柳さんから連絡があり、今日の七時から打ち合わせをする運びになった。生姜焼きのパワーで活力を得たいまの俺ならば、どんな厳しい意見も真っ向から受け止められそうだ。
雛野
「でも、わたし、大切な打ち合わせの前にあきくんに荷解きを手伝わせちゃって……謝っても謝りきれないよ」
「気にすることないって、俺がしたくてしたことなんだから」
俺はヒラヒラと手を振ってみせる。
ふたりで遅めの昼食をとったあと、俺は雛野の荷解きを手伝った。
『あきくんの足を引っぱるわけにはいかないよ!』
と雛野は遠慮していたが、
『プロットの修正は終わってるから大丈夫。それに、ずっと座りっぱなしだったから体を動かしたい気分なんだ』
と俺がやや強引に押し切った。
ふたりで協力したこともあり、荷解きは夕飯前に終わったが、いまだに雛野は罪悪感を覚えているらしい。
生真面目なやつだなあ、と苦笑しつつ、俺は雛野を優しく
「いままで雛野は俺の面倒を見てくれたからさ、恩返しをしたかったんだよ」
「……本当によかったの? 迷惑じゃなかった?」
「もちろん! 雛野が俺にしてくれるみたいに、俺だって雛野の力になりたいんだ」
俺はニカッと歯を見せた。
「これからも、俺にできることがあればさせてほしい。甘えてばかりいたらばつが悪いからさ」
雛野の視線が
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えるね?」
「ああ! ふたりで助け合っていこう! ……まあ、助けられるのは
冗談めかしてそう付け足すと、雛野がクスリと笑みをこぼす。雛野がようやく笑ってくれて、俺は安堵の息をついた。
雛野には明るい顔でいてほしい。暗い顔をしていたら、俺まで気持ちが沈んでしまうから。
こんなふうに、雛野と一緒の時間を過ごすようになるなんて、一週間前の俺は思ってもみなかっただろうなあ。
雛野が煎れてくれたほうじ茶を一口含み、俺はしみじみと思う。
長いあいだ疎遠になっていたけれど、雛野と過ごす時間は心地よく、このまま時が止まってもいいとさえ思ってしまう。雛野が引っ越してきたあの日から俺の生活は一変した。まだたったの二日しか経っていないけれど、雛野がいない生活を、俺はもう考えられそうにない。
それにしても、疎遠だった幼なじみが隣に引っ越してきて、面倒を見てもらうことになって、ふたりで食事をとっているとか、まるでラブコメみたいだよなあ。
なんて感想を抱き――ガタン! と椅子を鳴らして俺は立ち上がった。
「閃いたっ!」
「ふぇっ!?」
唐突に立ち上がった俺に驚いたのか、雛野が肩を跳ねさせる。
「ど、どうしたの、あきくん?」
「あ。驚かせて悪い」
謝りながら椅子に座り直した俺は、とある相談を雛野に持ちかけた。
「なあ、雛野。お願いしたいことがあるんだけど――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます