端から見たらラブコメ――1
ピンポーン
まどろみのなか、インターホンの音が聞こえた。「うーん……」とうめき、俺はごろりと寝返りを打つ。
ピンポーン
インターホンがまた鳴った。
「うるさいなあ……ゆっくり寝かせてくれよ……」
プロット修正のために夜遅くまで起きていた俺にとって、このインターホンは迷惑極まりなかった。
だが、ぼやいたところでどうにもならない。結局はまた鳴らされるだけだろう。来訪者に対応したあと、ゆっくり寝るのが合理的だ。
ぼんやりする頭でそう判断して、俺は体を起こした。くあぁ……、と大あくびをしながらベッドを降り、こっくりこっくりと頭を揺らしつつ玄関に向かう。
ドアを開けると、人懐っこい猫みたいにふにゃりとした笑みを浮かべる雛野がいた。
「お、おはよう、あきく……」
雛野の挨拶がそこで途切れる。どういうわけか、俺の姿を見た雛野は、目をまん丸にして口を『
「あ、あきくんの寝間着姿……!!」
ぽひゅっと顔を赤らめ、雛野があわあわと唇を波打たせる。街中で推しのアイドルに遭遇したファンみたいな反応だ。
雛野が目元を手で覆う。だが、指の隙間からは黒真珠の瞳が覗いており、俺の姿をまじまじと映していた。見たいのか見たくないのかどっちなんだ。
矛盾そのものな行動をしている雛野を眺めつつ、俺はひとつの疑問を抱く。
「……なんで雛野がここにいるんだ?」
「あ、あきくんの朝ご飯を作りに来たんだよ?」
「……あれ? 俺と雛野ってそんな仲だっけ?」
「ひ、ひどい! 流石にわたし、泣いちゃうよ!?」
「……そもそも、雛野の家からここまでは時間がかかるだろ? わざわざ来たの?」
「え? ん、んん……?」
なんだか話がかみ合わないなあ、と不思議に思っていると、雛野が訝しげに眉をひそめる。
「わたし、昨日、引っ越してきたよね?」
「……そうだっけ?」
「あきくん、もしかして寝ぼけてる?」
「……そんなことないぞ? 見ろ、このぱっちり開いた目を」
「なるほど、寝ぼけてるんだね」
雛野が苦笑した。
おかしなことを言うなあ。俺が寝ぼけているはずないじゃないか。ところで、どうして俺の視界はぐわんぐわんと揺れているんだろう?
「起こしちゃってゴメンね? 朝ご飯作っておくから、あきくんはゆっくり眠ってて?」
「……そうかあ? 悪いなあ、気を遣わせて」
「全然そんなことないよ。わたしがしたいからしてるの。だから、気に病まなくてもいいんだよ?」
「……そっかあ……優しいなあ、雛野は」
献身的なまでの健気さに胸を打たれ、俺は雛野の頭に手を乗せた。「ふひゃっ!?」と面白い鳴き声を上げて、雛野が肩を跳ねさせる。
可愛らしい反応にクスリと笑みを漏らし、俺は幼い頃にそうしていたように雛野の頭を撫でた。
「いい子いい子。雛野は本当にいい子だなあ」
「ああああきくんのなでなで……よ、予想外の役得……!!」
「役得ぅ?」
「な、なんでもないよ! それより、ほら! もう少し眠ろうね!」
「んん? 眠る必要なんかないって」
「早急に必要だよ! いまのあきくん、ジゴロだもん!」
先ほどよりもさらに顔を赤くした雛野に背中を押され、俺は自室に連れていかれた。
「じゃ、じゃあ、朝ご飯作ってくるね! ゆっくり眠っててね!」
「そうかあ……本当にありがとうなあ」
「あうぅ……またなでなで……!!」
ベッドで眠りにつく直前、俺の視界に映る雛野は、ニヤけそうになるのを必死に堪えているような表情をしていた。
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