幼なじみが天使だった件――3
「こ、これ、雛野がやったのか?」
「うん。張り切ってみました」
「これから雛野には足を向けて寝られないなあ」
「お、大袈裟だよ……えへへへ」
褒められて嬉しいのか雛野がはにかむ。可愛い。
劇的にキレイになったリビングダイニングに感動していると、俺の鼻を芳しい香りがくすぐった。
お
香りが漂ってくるほうに視線を向けると、ダイニングテーブルに料理が並んでいた。大皿に盛られた肉じゃがと、彩り豊かな野菜サラダ、ツヤツヤで粒立ちもいい白米だ。
「おお! 肉じゃがだ!」
「あきくん、好きだったよね? だから、作ってあげたかったんだ」
「覚えてたのか?」
「うん……その、あ、あきくんの、ことだから」
上目遣いをしながら、雛野がモジモジと答えた。いじらしい仕草にドキリとするとともに、じんわりとした温かさを覚える。
別人みたいに美しくなった雛野を、俺はどこか遠くに感じていた。自分が知っている雛野がいなくなってしまったような、自分が置いてけぼりにされたような寂しさを感じていたのだ。
けれど、それは俺の勘違いだったらしい。たしかに雛野は変わったけれど、俺の知っている雛野のままだったらしい。
むしろいまの発言で、中学に上がる前の俺たちに――一緒に遊んでいた頃の俺たちに戻ったみたいで、雛野との距離が縮まったようにすら感じる。それがどうにも嬉しくて、満たされるような安心感があった。
まあ、そんなこっぱずかしいこと、間違っても口にはできないけどさ。
ポリポリと頬を掻き、赤くなっているだろう顔を誤魔化すために俺はそっぽを向いた。
「じゃ、じゃあ、冷めないうちに食べようか。せっかく雛野が作ってくれたんだし」
「うん!」
雛野がニコニコしながら頷く。俺が照れていることには気づいていないみたいだ。セーフ。
俺と雛野は向かい合うかたちでダイニングテーブルについた。食材と、生産者と、なによりも雛野に感謝して、手を合わせる。
「いただきます」
「はい。召し上がれ」
迷いなく、俺は肉じゃがに箸を伸ばした。やはり手をつけるのは好物からだろう。
煮汁が染みて茶色くなったジャガイモを取り皿に載せる。ゴロッと大きめのジャガイモは、しかし、箸を入れるとすんなり割れた。
食欲をそそる香りとビジュアルに、先ほどから唾液が止まらない。ゴクリと唾をのみ、俺はジャガイモを口に運んだ。
ほろりとほぐれるジャガイモは、絹のように
煮汁が芯まで染みており、砂糖の甘み、出汁・豚肉・タマネギのうま味、醤油の塩っ気とコクが、渾然一体となって舌に広がる。
鼻から抜ける芳醇な香りは、それだけでご飯のおかずになりそうだ。
感動すら覚えながら白米をかき込む。ほのかな甘みと優しい香りが、肉じゃがの強烈なうま味と混ざり合い、ああ、日本人に生まれてよかったなあ、としみじみと思った。
あまりの美味しさに夢中になり、肉じゃが→白米→肉じゃが→白米……と、俺は無言でローテーションする。
「どう、かな?」
俺がなにも言わないから不安になったのだろう。雛野が怖ず怖ずと
おっと、いけない。我を忘れていた。感想はしっかり伝えないといけないよな。
モグモグ、ゴクン、と口のなかを空っぽにして、俺は満面の笑みを見せる。
「最高だよ、雛野! こんなに美味い肉じゃがは食べたことがない!」
「よ、よかったぁ……!」
ホッと胸を撫で下ろし、雛野が頬を緩める。
「好きなだけ食べていいからね? おかわりもたくさんあるからね?」
慈愛に満ちた微笑みに、不覚にも泣きそうになった。
自分を心から気遣ってくれるひとがいる。
自分を心から支えてくれるひとがいる。
なんて幸せなことだろう。
「……本当によかった」
「ん? なにが?」
「あ、いや、なんでもない!」
慌てて手を横に振ると、雛野がコテン、と首を
危ない危ない。つい口走ってしまうところだった。
流石に恥ずかしいから、面と向かっては言えないよ。
雛野がいてくれて本当によかった、なんてさ。
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