お隣さんは幼なじみ――2
「さて、やるとするか」
昼食を終えた俺は、プロットの練り直しをするべく自室に向かう。
その途中だった。
ピンポーン
インターホンが来客を知らせる。
このマンションには、エントランスと個別の部屋のそれぞれに鍵がかかっており、外部の者は居住者の招きがなければ敷地内に立ち入ることができない。
そのため、エントランスと個別の部屋の両方にインターホンが取り付けられているのだが、ふたつのインターホンの音は別のものになっていた。
いま鳴ったインターホンの音は、個別の部屋のもの。つまり、このマンションの住人が訪ねてきたということになる。
しかし、俺も両親もご近所付き合いはしていないので、この部屋を訪れる者がいるとは思えない。
いや、考えられる可能性がひとつあった。
「隣に引っ越してきたひとが挨拶にきたのか? だとしたら、随分と律儀なひとだなあ」
そんな予想をしながら、俺は玄関に向かい、ドアを開ける。
「はーい。どちらさま……」
そこで俺の言葉は止まった。
言葉だけじゃなく体も、ドアを開けた体勢のまま停止している。
言葉と体が止まった原因は驚いたからで、驚いた原因は、来客者が思いも寄らない人物だったからだ。
「こ、こんにちは」
来客者が、挨拶品らしきのし箱を控えめに差し出す。
「きょ、今日、引っ越してきた、雛野月花です」
高校デビューした幼なじみ――雛野月花がそこに立っていた。
「ひ、雛野!?」
「うん……わたし、だよ、あきくん」
目を白黒させる俺に、どことなく緊張が混じったような微笑みを返す雛野。
白いシャツの上に黒いフレアキャミワンピースを合わせた格好は、地味で野暮ったい服ばかり着ていた過去の雛野は絶対にしなかっただろうものだ。
容姿も服装も、俺が知るどの雛野とも当てはまらない。ただ、中学に上がってからは『赤川くん』に取って代わられた『あきくん』呼びが、『彼女は俺の幼なじみ』だと示しているようで、なんだか安心した。
「え? ど、どうしてここに?」
「引っ越してきたから、だよ?」
「そ、そりゃあそうか」
雛野が不思議そうに小首を
困惑しすぎて、考えなくてもわかるような当たり前のことを尋ねてしまった。ちょっと恥ずかしい。
「いや、けど、なんでいきなり引っ越してきたんだ? 驚かなかったってことは、隣に俺が住んでるのも知ってたみたいだし……」
「な、
「母さんに?」
母親の名前を出されて困惑が加速する。
脳みそがエラーを吐きそうになっていると、ズボンのポケットにしまっているスマホから着信音が聞こえた。
「ちょっとごめん」と雛野に断りを入れて、スマホを取り出す。発信者は母さんだった。
タイムリー過ぎる人物からの着信を訝しみつつ、俺はスマホをスワイプして耳に当てる。
『やっほー、章人。元気してる?』
「あ、ああ。元気だよ」
『よかったよかった。お母さんは一安心ですよ』
相変わらず綿飴みたいにノリが軽いひとだなあ、と心のなかで呟き、俺は母さんを問いただす。
「それより、母さん。雛野が隣に引っ越してきたんだけど、母さんは知ってたの?」
『もちろんよ? 今日だって言ってたじゃない?』
「じゃない? って
『あれ? 言ってなかったっけ?』
「全然」
『そっかそっか、ゴメンゴメン』
謝りながらも母さんはケラケラと笑っていた。欠片も悪いと思っていない態度に、俺は半眼になる。
まったく……本当にいい加減なひとだなあ、女性版高田○次かよ。
とは言え、ここで不平不満をぶつけても話は進まない。頭を切り替えて、俺は母さんに説明を求めた。
「母さんも一枚噛んでるみたいだけど、どういうわけで雛野は引っ越してきたんだ?」
『あんたの面倒を見るためよ』
「……は?」
今日の天気を伝えるような何気なさで、母さんが聞き捨てならないことを口にする。
予想外の回答に、俺は
「雛野が? 俺の? 面倒を見る?」
『そうそう! 月花ちゃんのほうから志願してきたのよねー、ビックリしたわー。あ、ビックリしたと言えば、月花ちゃん、メッチャキレイになってたわね!』
「その話題はいいよ、話が脱線するから。それより……」
『美人でかいがいしい幼なじみにお世話してもらえるなんて、幸せ者よねえ、あんた。前世でどれだけの徳を積んだのかしら?』
「だから、その話は後回しで……」
『青春しなさいよ、章人! じゃ、忙しいからまたねー!』
「いや、聞けよ!」
ブツッ
話したいことだけ話して一方的に通話を切りやがった。我が母親ながらなんて自由なひとなんだ。
ガシガシと頭を掻いて、ハァ、と溜息をつく。
ひとまず、雛野が引っ越してきたのは俺の面倒を見るためだってことはわかった。けど、なぜ面倒を見ようと思ったのか、なぜ自分から申し出たのかがわからない。
結局、雛野自身に確認するしかないみたいだな。
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