第二章 お手伝い
町の風景を見た後、二人と一匹は朝食を取ることにした。
「さて。飯にするか」
「わ、わたしも手伝います!」
「お。ありがとな」
美緒は天史郎と厨に立つ。だが、当然ながら美緒が普段から利用している便利な道具はなく、皮を切るのも包丁でやることになる。美緒は思わず、固まった。
「美緒。無理なら、いいんだぞ? この世界は美緒のいた世界でいう、江戸時代がベースになっているから、美緒が使っていた便利な道具もない。雪音と待っていてもいいんだぞ?」
「だ、大丈夫です! ちゃんと、お手伝いします!」
「……無理はしないようにな」
天史郎はそう念押しして、比較的小さな包丁を美緒に手渡した。美緒は野菜を切って、慎重に皮をむいていく。だが、
「いたっ!」かいだく
「大丈夫か⁉」
天史郎はすぐさま作業を止めて、水で消毒し、美緒の切った指を手当する。
「ごめんなさい……ちゃんと、お手伝い、できなくて」
「いや俺も、もっと簡単な作業をやらせればよかったな」
「まったくだよ! 美緒。ご飯の支度は天史郎に任せて、あたいたちは居間で待ちましょ」
「で、でも」
「あぁ。雪音と居間で待っててくれ」
「じゃ、じゃあ! お料理が出来たら、呼んでください! 運ぶ作業くらいはします!」
「わかった。料理が完成したら呼ぶから、その時は、手伝いを頼むな」
雪音と一緒に出ていく姿を見ながら、天史郎は息を吐き出した。
(10歳なら、まだ親に甘えたいだろうに。体に虐待のあとはなかったが、母親の手伝いをすることで美緒は、自分がここにいることを主張しているのかもしれねぇな)
ほどなくして料理が完成した。膳の上に並べて、天史郎は廊下に顔を出す。
「美緒―。出来たから、運ぶのを手伝ってくれー」
「はーい!」
元気な声を上げてやってきた美緒に、膳を渡す天史郎。
「重いから気を付けて運べよ? ゆっくりでいいからな」
「はい」
そろりそろりと運ぶ美緒に、天史郎は微笑ましそうに片手で膳を持ち、もう片手に雪音のご飯を持って付いて行く。
居間について、美緒と天史郎は向かい合うように座り、雪音は美緒の隣に座った。
「んじゃま、いただきます」
「い、いただきます」
「まーす」
三者三様の挨拶をして、食事に手を付ける。
美緒は最初、味噌汁を口にした。その瞬間、目が輝き、おかずにも箸を伸ばし、ご飯もおいしそうに満面の笑みを浮かべながら食べ進める。
そんな美緒の姿を見て、天史郎は優しく問いかけました。
「口にあったか?」
「すっごく、おいしいです! こんなおいしいの、初めて! ……人に作ってもらったご飯を食べるのも、すごく久しぶりだなぁ」
後半の言葉は小さく呟いたが、雪音と天史郎にはしっかりと聞き取れた。雪音は、美緒の膝に手を置いた。
「だったら、ここにいる間の飯は全部、天史郎に任せちまいな」
「え⁉ さっきはちょっと、失敗しちゃったけど、次は上手くやるから!」
「美緒。食事の支度は俺がやるよ。その間、美緒は雪音の相手をしてやって。こいつ、飯ができるまでうるさいから。それに料理が完成したら、今日みたいに運んでくれればいいから」
「で、でも、それだと、お手伝い、全然できてないです……」
「ん~、じゃあ食べたあとの食器を、一緒に洗おうか」
「それでお手伝いに、なりますか?」
「なるなる。大助かりだ。雪音なんて、人型に変化できるくせに一切、手伝おうとしないうるさい猫だからな」
「だってあたいは、猫。猫は気まぐれなのよ。それに手伝いは嫌いなの」
「追い出されたいのか⁉」
「あはははっ!」
天史郎と雪音のやり取りに、美緒はこの世界に来て、初めて笑った。美緒の楽しそうに笑う姿に、天史郎と雪音は視線を合わせ、安心したように小さく息をついた。
「美緒、この後の予定だが、片づけを終えたら町に行くぞ」
「一緒に、行ってもいいんですか?」
「勿論さ」
「やったぁ!」
無邪気に喜ぶ美緒に、天史郎と雪音も笑顔になる。
朝食を食べた後は、天史郎と洗い物をし、美緒は今着ている現代の服では目立つので、黄色の生地に手毬の柄の小袖を着ることになった。
「着替えは、あたいに任せな」
そう言うと雪音はくるりと、その場で宙返りをすると、赤い着物を着た白髪おかっぱで、頭に猫耳をはやした女の子になった。
「ゆーちゃん、すごい! それにかわいい!」
「ありがと。さ、着替えましょ」
雪音はささっと美緒を着替えさせ、長い髪を赤いトンボ玉がついた簪でまとめ上げる。
「はい、おしまいよ。玄関で、天史郎を待つわよ。あ、風呂敷を袖の中に入れておきなさい。絶対に必要になるから」
「風呂敷? わかった」
美緒、天史郎が来るまで玄関先で座って待っていた。雪音はいつもより小さくなって、美緒の肩に乗っている。
「ゆーちゃん。女の子にもなれるのに、小さくもなれるんだね」
「妖怪は結構、自由なのよ」
「お待たせ」
そこへ、薬箱を背中に背負い、その他の薬を調合するときに必要な道具を風呂敷に包んで、天史郎がやってきた。
「天史郎さん。わたし、荷物持ちます」
「大丈夫だよ。それにこれは重いから」
天史郎がそう言うと、やはり美緒の表情が曇る。手伝いをしない=自分は役立たず、という方式が美緒の中で出来上がってしまっているらしい。天史郎が口を開く前に、雪音が口を開いた。
「美緒は手ぶらのほうがいいよ。天史郎は意外と優秀な医者として有名でね。世話になった人とかが、食べ物とかいろんな物を渡してくることがあるんだ。美緒はそういった荷物を持てばいいよ」
「そうなの? わかった! わたし、重い物も持てるから、安心してくださいね!」
「あぁ。頼りにしてるよ」
三人は社を後にして長い木々の参道を歩き、真っ赤な鳥居を抜ける。
『美緒。私が悪かったわ。お願い、帰ってきてっ』
『美緒。無事でいてくれ』
突然聞こえてきた両親の声に、美緒は思わず振り返る。だがそこにあるのは、真っ赤な鳥居と先が見えない森が広がっているだけだ。
「……お母さん、お父さん?」
「美緒? どうした?」
「なんでも、ないです」
「……じゃあ、行こうか」
天史郎が手を差し出してきたので、美緒はその手を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます