ヴォルニアス・アルバス


 ヴォルニアス・アルバスにおいて、語る事はあまりない。

 そもそも彼の経歴は不明点が多くあるからだ。

 同時期に別々の国で目撃されたという情報もあり、最も古いもので五十年前からヴォルニアス・アルバスと思しき男性がいるという記述もある。


 正体不明出自不明完全不明――何を語るも証拠が一切無い男。


 それが、ヴォルニアス・アルバスという人物だった。


「さて……」


 日本・○○県○○市●●●町――名も無き廃村を超えた、人知れずに佇む神社にて。


 鳥居の前には長い石造りの階段がある。

 その頂上付近に座っているアルバス。こんな夏の日に、全身白色のコートを着ている時点で既におかしいのだが、特筆すべきなのは、やはりそんな厚着を着ているのにも関わらず、汗一つも流していないという事だろう。


「おい――どこに行くんだ、そこの男。ここから先は私有地だぜ?」


 階段の麓に位置する所で、一人の男が現れた。

 白色のTシャツ、黒色の長ズボン。黒色の髪を靡かせた中東人風の男がそこにはいた。


「…………何だ、お前は?」


「それはこっちが訊きたい。いや、訊かずとも分かるよ。――お前、の人間だろ?」


 その言葉に、男の顔が少し歪んだ。

 忍ばせていたのか、どこからか取って来た小さな輝石を取り出すと、それを割った。

 その瞬間、周囲に禍々しい気配が漂って来る。周囲の小動物が気配に察して逃げ回っている。


「なるほど……それが君の呪いか」


 男の右肩から現れた、半透明の女にアルバスは目を細めた。

 その女はずぶ濡れの状態で、顔は長い髪で覆われていた。

 辺りに腐敗臭が漂う。下水の匂いだ。


「大方、近くの幽霊を強制的に支配下に置いたのか……外道め」


「……貴様、ヴォルニアス・アルバスだな? ――何故お前程の実力者がここにいる」


「僕がここにいて悪いかよ。……この先には行かせない。あの子の魔眼を狙いに来たのだろう?」


「あぁそうだ。神花琴音の魔眼は――特製品なのでね」


 その男は石造りの階段に一歩、足を乗せた。

 その時、パリンとどこからかガラスが割れる音が聞こえ、フラッシュにも似た光が一瞬、まるで仕切りの様に放たれた。


 足元から煙が上がる。茶色の革靴の表面には焦げ痕が見えた。


「結界……神崎伊織のものか」


「ここからは神域だ。伊織さん達は調整で忙しい。ガキはお姫様を助けるのに躍起になってる――これ以上踏み込むというのなら、僕が相手になるけど?」


 そう言ってアルバスは腰に差し込んであった白色の拳銃を引き抜いた。

 特殊儀礼式のゴム弾を仕込んだその銃は、神聖な光を帯びているかの様に輝いている。

 いくら特殊な銃だとして、しかしその弾は金属では無くゴム。当たったら激痛は確定だが死にはしない。


「お優しいことだな。それとも舐められているのかな?」


「どっちもに決まってんだろ。お前とソイツにはこれで十分だ。それに……」


 パンと軽い、ガスが抜ける音と共にゴム弾が弾き飛ばされた。男はすぐさま後方に引く。だが真横にいた女は反応が遅れた。


 声にならない絶叫を上げて撃たれた右肩を押さえる。傷口は深く穴が空いていた。

 だがそこから血が流れると言うことはない。

 それはまだ奴が霊体のままという証でもある。


 アルバスはにやりと口元に笑みを浮かべながら言った。


「良かったなぁお前。どうやらこれなら血が流れずに済みそうだ……ま、最も」


「――お前のようなゲスの血が神域に落ちては堪らんからな」








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