呪い
神域ならぬ心域。人の心はカオスの起源に勝るとも劣らない。
正に人類未踏のブラックボックス。
そんな所に――今、俺はいる。
「寒……くとも暑くもねえ」
ここは神花琴音の精神――神花の、心だ。
それを土足で踏み込むとは何というか……凄く申し訳ない気持ちになる。
大丈夫だよな? 靴裏にガムとか無ぇよな?
「しかし……思った通りに期待外れだ。てっきり呪いとかでぐちゃぐちゃになっているもんだと思えば――」
一面黒、黒、黒――一遍の光も無い、暗黒。
ここに来るのは少ないけど、大抵は色々な思い出で溢れているものだ。
心象風景が黒――それは呪いのせいでは無くて、本人の気質によるものだから。
これならまだ、呪いで溢れかえっていた方がまだやりようがあったんだけどな……。
「仕方ない、まずは神花を探すか」
この摩訶不思議な現象は、先生の手によって行われている。
先生の手無しに出来ない、神秘中の神秘なる技だ。
今、俺の魂と神花の魂は接している。
神花の呪いは魂に刻まれていると判断した俺は、先生に頼んでここに来させてもらった。
この中では直で呪いを解呪する事が出来る……が、その代わりにとんでもないリスクを抱えているのだ。
さっきも言ったと思うが、俺の魂と神花の魂は今、混ざり合っている。
物質関係なしに、精神を統合するように、思考が混ざり合い、感情が爆発する。
先生が少しでも調整をミスれば、俺と神花の魂は混ざり合い、恐らく、どちらでもない誰かが生まれる。
制限時間は特に設けてなかったけど、出来れば早めに解決したい。
そのためにはともかく、この心象風景の中で神花を見つける以外無いのだ。
「……いや、どこにもいねぇんですけど! 神花! おい神花!」
歩きから、早歩きへ、そして走りに移行しながら俺は必死に神花を探していた。
おかしい、今までこんな事は起きなかった。少なくとも二、三分くらいで合流できると思っていた。
だけどどんなに探し回っても彼女の姿は無い。
まさか、俺の魂に混ざり込んだのか……!? いや、そんなミス先生がするはずがない。ならーー一体どこに?
「まさか……俺以外にいるのか?」
考えたくはないが、もしもーー俺がここに着く前に、何者かが既に神花を拉致っていたとしたら。
いや、それはあり得ない。確かに神花は数時間前から眠っていたけど、その警護は俺がちゃんと見ていた。
可能性があるとするならば……。
いや、だけれども──あり得るのか?
呪いが既に自我を持っていて、神花を拉致したというのは。
呪いが自我を持つということは稀にある。そもそも、呪いは呪術師の感情から来るものだ。
感情無くして呪いは生み出されないし、つまるところ、呪いが感情を持って、そこから様々な経験を経て、自我を持ち始めるというのはある。
だが、それだとおかしい──というと、その場合、高確率……というか、その時点で被術者の精神は完全に乗っ取られるからだ。だってそうだろう? 羽化した寄生虫が寄生先の中身を食い破って外に出ないのはおかしい。
「しかもよりによって何でこのタイミングで……?」
神花に掛けられた呪いが何をしたいのかは分からない。
正直──困惑している。
前代未聞だこんなのは。あまりにも摂理に欠けている。これだけ高度な呪いなのに、既に自我を持っているはずなのに、どうして神花の精神を乗っ取らない。そして何故今になって神花を拉致したのか……。
その時、暗闇の中で何かが蠢いた。
ひゅっと、爪らしきものが俺の頬を撫でる。
「
ヤバい、ギリギリで反応できたのは良い物の、頬に掠っちまった。
傷口を抑えながら、俺は暗闇を凝視しながら走る。
今、俺の体は魂と記憶で形成されている。この世界では深い傷を負うごとに、記憶や魂が削られるのだ。
――今の攻撃で、直近一、二分の記憶が削がれた。
良かった……その時の記憶は幸いにも、神花を探している時の記憶だ。
「クソ……影に隠れて狙いが付きにくい!」
いつもだったら目視で視認出来るから、俺の右手の本来の力を発揮できるのだが、この場合、相手を直視する必要がある。
だが影に潜む呪いは飛び回りながら虎視眈々と俺を狙っている。
向こうはヒット&アウェイの戦法で、俺はそのヒットで、最大のカウンターを挟まなければ負ける。
この世界において負けるという事は、死を意味する。
声はしない、ただ、ひゅんひゅんと飛び回る音が聞こえるだけ。
暗闇の世界は奴に多大なアドバンテージをもたらした。
何度も言うが、俺は超人的な身体能力は無い。
カウンターを決められれば何とかなると思うが、そもそもカウンターの仕方が分からない。
つまるところ、絶体絶命の大ピンチ。
「……マズいな、これは」
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