神花氷室
閑話休題というか、少し前の話をしよう。
あれは、俺が先生へ一通のメールを送った時の事だ。
先生は丁度そのころリビングで明日の準備をしていたそうだ。
先生はメールを見た瞬間、俺が予見していた更にその先まで予測していたらしく、とある人に電話を掛けた。
「……もしもし、氷室ですが」
その相手は約十二回の電話でようやく出てきた。
名前を神花氷室――そう、琴音の父親だ。
「やあ、夜分遅くに申し訳ないね」
「……何の用だ?」
今の時刻は日を跨ぐ寸前、電話口から聞こえる声はやや怒気を抑えている声だった。
そんな氷室さんを前に、先生は事実を伝えた。
「琴音ちゃんが危ない。私も全力でやるけど、もしもの事が起こるかもしれない」
「……」
「今回の件はやはり『呪術師』が絡んできている。儀式の最中に邪魔をするのは明白だ。私は儀式に手一杯になる。……いや、それについては別に良いんだ。とある助っ人が来てくれるからね」
「……それでないのなら、何の用で私に連絡してきた」
氷室さんの冷たい一言に、先生の顔が少しだけ歪んだ。
「分かっているだろ。氷室君には、琴音ちゃんの傍に居て欲しい」
「無理だ。既に明日の朝早くから大事な会議がある」
「数時間だけでも――」
「無理だと何度言えば分かる! ここから日本へ行くにはどうしても遅くなってしまう。それこそ全ての予定を破らなければ無理な話だ」
氷室さんの会社は大企業に値する。
どんな手を使っても、日本に来るにはどうしても時間が掛かるらしい。
先生はしばらく考え込んだあと、絞り出すようにその言葉を吐いた。
「君が仕事人間なのはもう分かってるし、それが琴音ちゃんがあの家で引き取られる際の最低条件だったのは知ってる。……だけどさ、あの子――誰かに抱きしめられた事も無いんだ」
「…………」
それは、彼女が初めて先生と出会った時の事。
あの時は、琴音は感極まって泣いてしまったのかと思ったけど……。
でも、違った。先生は続けて言う。
「誰かに抱きしめられた事も無く、誰かに認められる事も無く。それは……あまりに辛いことだ」
「…………」
「少しは、父親らしい事をしたらどうなんだい……? もう、アイリはいないんだ――」
「そんな事は分かっている! 君はいつもそうだな、拝神伊織! 頼んでも無いのに人の家庭を……君には関係ないだろう!」
「関係なくは無いだろう! 私は君の事を友人だと思っている。アイリに至っては、私の可愛い妹分だった……だから、そのアイリの分まで彼女を愛してやってくれ」
「…………」
「私が言える事はそれだけだ。後は――君に任せるよ」
先生との会話を終えた氷室さんは、とある外国のホテルの一室にいた。
黄金調のベット、見ただけで分かる、高いやつ。
「クソ……伊織の奴め。そんな事私にだってわかっている。だが――」
予定は明日の朝から夜まで埋まっている。
特に、昼からの会食は重役の人が出てくる。
これを外す手は無い……だが、しかし。
「アイリ……私は、どうすれば良い……? 今更あの子に、どんな顔をして会いに行けばいい……?」
ぬばまたの夜空、遠くの異国から覗く夜空に向かって、ぽつりと言った。
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