幻手の真価


 アルバスと男の戦闘が始まって数分が経過した。

 戦闘といっても拳と拳による殴りあいでも、拳銃による一方的な虐殺でもない。

 男は自分の持っている手札の内から、必要に応じて邪霊を取り出し、それらを片っ端から撃つアルバス。傍から見ればごっこ遊び極まりないが、当の本人たちは至って真面目だ。


(結晶を依代にしているのか……? 呪霊操縦の腕は一流そうだが、あんな代物どこで手に入れたのやら)


(こっちの手札がすぐに消されるとはな。……予備も含めて残り四体か。この四体でどう『神憑き神崎伊織』と『幻手の略奪者天司白夜』を相手するべきか)


 そのうちの一体は切り札用だ。

 おいそれと出すわけにはいかない。

 霊にランク付けはないが、格差はある。

 どこで死んだか、なんで死んだか、そして死後の恨みや生前の業なんかで霊の力は上がる。それが強ければ強いほどに自我が生まれ扱いしにくくなるが――。


(着物の霊と言い、相当古い呪霊もいるようだな)


 弾数は残り五十発。一体倒すのに急所を当てても五発はかかる。

 男の持っている呪霊の数は不明だが、その中で結界を壊せる呪霊は出していない。

 壊せる力を持つ呪霊がいないのか、それともこちらの弾数切れを狙って投入するのか。


(おそらく後者だ。男の技量は目を見張るものがある。結界から出れないこっちが分が悪いか)


 アルバスは目を細めて、男の様子を慎重に伺う。

 次の一体を出すのか、渋る男にアルバスが訝しんでいると――。


「分かっているだろ……このまま続けばお前が負ける」


「さて、それはどうかな。残っている弾数はまだまだある。君の手持ちがいくらあろうと、この銃には勝てないだろう」


 少なくとも今の呪霊では……だ。

 アルバスの持つ拳銃――正式名称『サンダルフォンβ』はアルバスの持つ聖武器の中で遠距離用だ。この武器の特異性は込めた弾丸にも加護が付くというものだ。

 銃の構造上今回は模造銃ガスガンだが、本物の拳銃である『聖銃サンダルフォンΩ』は今はあいにく持ち合わせていない。


「そう、だな……いや驚いたよ。まさか『聖天使』の加護を持っているヴォルニアス・アルバスがこんな辺鄙なところにいるなんてね」


「日本は良い。空気も美味いしインフラも整ってる。世界中を見てもここまで呪いや神の聖地があるのは珍しい。僕の神様も系統違いだけど心地が良いみたいだ」


 降り注ぐ日光が、その寵愛を受ける自然が、水が循環し、大地があり、空気が生まれる。ただの自然の摂理、だがここはそれらが活性化されるのか、取り巻く自然の力が増大しているのがわかる。


「……一つ、忠告しておこう。お前の狙いは『幻手の略奪者イマジナリー・ハンド』が神花琴音に巣食っている呪いを解呪することだろう? ――だがそれは無意味なことだ」


「なに?」


 アルバスは何も反応をせずに、ただ聞き返した。

 男はにやりと笑いながら口を開く。


「神花琴音に巣食っているのは太古の、しかも闇に関する呪いだ。視力を封し心も完全な闇に包まれているなら神崎伊織がやった『心転移の秘儀』もただの仇となるぞ」


「……もう一度言ってくれ」


「根本を叩こうとしたのが失敗だったな! 『幻手』を使って呪いを天司白夜に移して解呪すればいいものの、何をとち狂ったのか! 最低最悪の方法をやったな!」


 はははと大きな声で笑いだす男。

 狩場を舞台に獣はただ醜く肉塊へと果てるだけ。

 天司白夜の死はもはや確定している。


「身代金も兼ねて神花琴音を拉致するのが上層部の意見だったが――お前を前にして逃走できるかと言われたら無理だ。なので眼だけをいただくとしよう。なに、なんだろう? それにもともと目が見えないんじゃあ何も変わらないよなぁ?」


 下衆な笑みを浮かべる男。少々もったいないが、ここらで切り札を使うほかあるまい。別に応援を要請してもいいのだが、ここは自分一人の手柄にしたい。

 その判断が誤りだったことに気づくのに、時間はかからなかった。


「……は?」


 アルバスの奥にたたずむ社からなんとも言えない咆哮が聞こえる。

 もくもくと水色の空に黒い煙のようなものが流れ出た。

 それはどうみても神花琴音に巣食っていた呪いのもので……。


「必殺技って知ってるか? 仮面ライダーのライダーキックとか、ウルトラマンのスペシウム光線とか、ああいうの」


「何故だ......何故アレを解呪できた......!?」


「......アイツの必殺技はな、チートなんだよ。必殺技ってやつだ。あの幻腕の真価を解き放てば、例え神様だろうと手を出せる。どんな幻想種だろうと殺してみせる」


狼狽する男に向けて銃口を突きつけるアルバスは。


「そんじゃ僕の『必殺技』も見てくれよ――なに、アイツには及ばないが、そこそこの威力はあるつもりだ」


躊躇うこと無くその引き金を引いた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る