第42話 ツィルの空間

 私の家から離脱したツィルくんの後を追いかけて私も転移を発動しました。

 転移先は周囲に何もない真っ暗な空間です。真っ暗であるのに、私は自分の姿をはっきりと視認でき、同様に数十m先にいるツィルくんを見つけることもできました。


「さすがに追いつくのが早いですね」

「またまた、異界門の札とかいうとんでも道具を持ってるんですよね? それを使えば私の追跡も振り切れたはずなのに、あえて私に行先がばれる転移で飛んでいるのは追いかけてきてくださいと言っているようなものじゃないですか?」


 私がそういうとツィルくんはうっすらと笑いました。


「ここはどこでしょうか」

「僕の部屋ですよ。さきほどは局長の部屋にお邪魔しましたからね、今度は私の家にいらっしゃいませということです」


 ツィルくんはずいぶん形式てきに足を一歩後ろに引き、円を描くように腕を回しながらお辞儀をしてきました。

 しかしどう見てもここが家のわけがありません。もし家だというなら住む気がない、もしくはセンスがとんでもなく悪いです。小物どころか物1つありません。というより真っ暗です。


「局長とはもう少しだけゆっくりとお話をしたいと思いましてね」

「私の方は今すぐにでもあなたに説教をくれてやりたいと思っているんですけどね」

「そういわないでください。局長、あなたはなぜ異界門を管理しているんですか? あなたほどの力があればその程度の地位に甘んじる必要はないはずです」


 ツィルくんは、なぜか私のことを諭すような声のトーンで語り掛けてきました。


「なぜも何も仕事ですからね」

「ただ管理局長であるから、仕事だからそんなことをしているんですか!? バカいうのはやめてください。少なくとも私はこの立場に甘んじることはできない。ただ管理をしているだけでは世界は衰退を辿るだけだ。局長、僕に協力してください」

「さきほど話したように、そんなことに協力はできません。あなたこそよく考えてください。そして戻ってきなさい」

「……やはりだめですか。局長には拾っていただいた恩がありますが……どうしてもというのであれば、局長、あなたの力をいただきます」


 話は決裂したようです。ツィルくんは空間から大きな杖を取り出しました。


「世界樹の宝杖ですね、懐かしい」

「あなたにいただいたものです」


 ツィルくんは杖を私に向けると魔力を放ちました。

 私はその魔力の光線を横に動いてかわしましたがツィルくんは私の動きを追いかけるように杖を動かし魔力を放ち続けています。


「体の中に異界門の札を持っていますね」

「正解です。魔族に情報を提供しているんですから、その謝礼をもらっていても不思議ないでしょう」


 ヤマトで出会った魔族たちは異界門の大札で、魔力を供給することで魔力消失した空間での有利を取ろうとしていました。ツィルくんはどうやら魔力を別空間、異界から取り出すことで事実上無限の魔力を持って、その魔力を放出しているという状態です。

 魔力の光線の出力がドンドンと上昇し線幅も増幅しており追いつかれてしまった私は物理反射のための術式”神鏡”使い、ツィルくんの魔力光線を受けきる方針に転換しました。

 すべての魔法を反射するはずの神鏡ですが、ツィルくんの魔力光線は反射されずひたすら受け止める形になっています。これはツィルくんの魔力光線は魔法ではなく、ただの魔力放出にすぎないからということでしょう。


「局長、無限の魔力をすべて受けきれると本気で思ってはいないでしょう。タイミングを見てテレポートなどで回避するつもりでしょう」

「さすがに勘がいいですね」

「それはできませんよ。”魔力固定マナロック”」


 ツィルくんは空間の魔力を固定する魔法を発動しました。


「これでテレポートは使えません。そしてもちろんこの空間では転移を使うことはできないですよ」


 たしかにテレポートも転移術式も発動しません。私が王都で使った転移術式等の規制を真似たのでしょう。


「逃げることはできません。局長、無限の魔力に当てられて灰となってください!」


 ツィルくんはさらに魔力の出力を引き上げました。もはや私の視界には大量の魔力が白い光線となって降り注いでいることしか見えていません。神鏡も限界が近づいており今にも砕け散りそうです。

 この大出力と魔力差では負けてしまいますね。加えて、私も魔法を発動しようにもさきほどの魔力制限の魔法のせいでロクな魔法も打てません……仕方ないですね。


「ツィルくん、かなり練り上げられた計画ですね。私をこの空間に導いたのも、私に話をしたかったわけではなく、この空間なら私を倒せると踏んだわけですね」

「えぇもちろんそうです。ただ、はじめに言ったように話はしようと思っていました。それは本音です」


 少しうつむきがちにツィルくんはそう言いました。


「局長、本当に最後です。局長を倒しその力をいただきます」


 ツィルくんは最大出力といわんばかりに空間すべてに広がるほどの魔力を放出しました。真白に広がる光が私の目にも降り注ぎ眩しさに目を閉じてしまいそうです。

 ここまでですね。完全な油断でしたが。反省しなければなりません。


「管理者権限執行」


 私のつぶやきととともに、ツィルくんが放出していた大量の魔力がはじけるように消え去りました。

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